定年後・田舎作って・コメ野菜

房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。穫れた作物は横浜の家の玄関先で販売、最近では配達もやってお客様に喜ばれている。

農地の取得

 宅建をもっているような方はご存じのはずだが、実は一般人は農地を取得できないのである。だから、」今回私も農地部分については仮登記ということになる。それをちゃんと自分のものにするためには、ちゃんとそこに根を生やして農業で生計を立てているということを説明して納得してもらわなければならないというのが、農地法という法律に定められている。農の最初の項で、4反(約4,000㎡)は微妙というようなことを書いたが、それはこの農業についての資格につながっている。

 農業で生計を立てているかどうかは、各市町村に設置されている農業委員会が判断するのだが、その判断の前提条件としては、農地5反以上を所有するか借りており、それを耕作できる場所に住んでいて、しかも営農計画(どのような作物を作り、どういう経路で販売し、農業で収入を上げるかの計画)を提出して妥当だと判断されなければならないらしい。

 もちろん、まだどれもできているわけではないが、4反しかないということは気になっている。まあ、付近の耕作されていないような畑を探して借りたりすることになるのだろう。一つの手段としては、山を切り開いて果樹園にすることも考えているんだが、それは別項で。

農業をどうするか

 今回購入する土地のうち、登記上の農地は4,008㎡、約4反である。航空写真を使って実際の面積をあたってみると4,790㎡になる。(この4反という数字はちょっと微妙なんだがそれは別項で触れることにしよう。)実際の面積は、今まで借りていた市民農園の面積(3区画計45㎡)の100倍以上になる。

 使えるかどうかわからないが、一応納屋の中には農業機械が4台ほど入っていたので、彼らには働いてもらうんだが、それでもこれだけの面積を素人が耕作できるかと考えると、いくら楽天的な私でもさすがに自信がない。それに、後少なくとも3年くらいは仕事を続ける予定なので、基本は週末農業とせざるを得ない。

 そんな制約条件の中でいろいろ勉強するうち、故福岡正信さんの「自然農」法に行き着いた。耕さない・肥料はやらない・農薬もやらないという農法が本当に通用するかどうかはわからないが、収量よりも自然の産物がいいと思うし、本当に仕事と縁が切れる頃までには土も慣れてくるだろうという楽観的な考えから、全体の約8割については、自然農法を忠実に実践しようと考えている。ここで期待するものは米と麦、穀類である。

 残りの2割については、これまでカミサンが市民農園でやっていた延長のいろいろな野菜の栽培ということになる。ジャガイモ・夏野菜・大根カブ類、キャベツはくさいブロッコリなどだな。ただ、輪作の関係で2割位を確保するけれど、そのうち半分くらいは落花生を植えようと考えている。

 さて、一体どのくらい獲れるんだろうか。米の場合、反収10俵(60Kg×10)が目標のようだ。麦はその6割程度(35Kg×10)と考えると、約3反ではそれぞれ1,800キロ、 1,050キロとなるんだが、耕さない・肥料はやらない・農薬もやらないという農法では一体? この結果は2年弱後に明らかになる。

定年帰農スタート・情報収集開始

今まで、趣味は多岐にわたっていた。だいたい2年でピークを終えていた数多い趣味の中には、今回の田舎暮らしや農業に直結するものはなかった。以前からの知り合いの皆さんにとっては想像もつかないほど意外な方向転換ではないかと思うが、まあ定年を契機に40年近くも続けていたサラリーマンとしての社会の関わりとは全く違うことをやってみたい、という気持ちになると、全く当たり前の結論のようにも思える。

ただ、あまりにも流行を追っているような気もするし、それだけに大きな落とし穴に落ちないように気をつけなければと気分を引き締める気持ちもある。

まあ想いはいろいろだが、前に書いたようにこれまでの関心領域とはほとんど重ならない知識が必要になる。今まで、新しい趣味にのめり込むときは本を買いあさるのが常だったが、今回は図書館を使ってみた。大昔に勉強するときに使って以来、ほとんど近づくこともなかった図書館だが、なんだかずいぶん便利になっている。そんなこともいろいろ書いていくことにしよう。



私にとっての田舎

父親の出身地は兵庫県の山間部、小中学校時代の夏休みは姫路からバスで2時間ほど(当時)入った町にほとんど毎年出かけていった。その町に住んでいた少し年上の叔父が毎日田舎での遊びを教えてくれた。それは、夏休みの定番であるセミ取りから始まり、近くの川で泳いだり、夜から朝にかけて仕掛けを沈め、ウナギや川魚を捕ったり、そのメニューは都会育ちの少年にとって実にエキサイティングで飽きないものだった。

今回買うことにした田舎家は、その忠実な縮小版といってもいいだろう。山も川もあるし、当時はあぜ道を通るに留まっていた田畑も自分自身でやるのだから、関わり方は当時とは比べものにはならない。

そういった田舎というものに触れることがなかった子供や孫たちに、そういう体験をさせたいということも今回の底流には流れているんだと思う。

団塊の世代は今!

生まれたときから団塊の世代である、もちろんその頃は団塊の世代という言葉はなかったが、みんな団子のように学校に行き、塊になって遊んでいた。だがしかし、この世代の子供たちは、心のどこかで自分は人とは違うというものを造っていたような気がする。人数は多いんだが、決して同じ人間はいないという感じだね。

ちょっと前から田舎暮らしをしたいという気持ちで動き始めたが、実際に土地を手に入れて踏み切るというのは、おそらくその団塊の世代の特性が後押しをしたに違いない。

色々物件を探していて感じたが、この不景気の絶頂の中でも割安に思える物件、つまり買いたい物件は結構すぐに売れていた。ああ、これは退職金を握りしめた団塊の世代が田舎暮らしの突入する兆しなんだなと思っていたが、ついに自分自身までそうなった。このBLOGは、実はそうした仲間を増やそうという気持ちもあって立ち上げたのである。

前BLOGの一部掲載について

 このBLOGは 2009/02/10 から始めましたが、ちょっと前にGooのBLOGで始めたものをこちらでやりなおしています。以前の内容については一部こちらにアップしてみます。 2009/02/10 以前のタイムスタンプのものがそれらです。写真や画像の再掲載までは手が回らないと思うので文字だけですが、これから現実に片付けていくことを前に考えていた(空想?)といった内容のものもあり、アップした方がよいと考えたものです。
 そのため、内容的には食い違いや間違いもないとはいえませんが、そのあたりはお許し下さい。



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