定年後・田舎作って・コメ野菜

房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。穫れた作物は横浜の家の玄関先で販売、最近では配達もやってお客様に喜ばれている。

鹿の道

 ススキの原になっている隣の休耕田をのぞくと、縦横に踏みならされた道が走っている。おそらく鹿の散策路に違いない。縦横といったが、こちらの敷地に向かう道もあって、そこは柵が壊れていたり隙間ができていたりするところになっている。結果的に、当方の敷地内にはこんな残留物も残っている。そろそろジャガイモを植える時期が近づいてきたし、納屋の奥に残されていた「鉄条網(有刺鉄線)」の巻きを持ち出して柵の補修をしてみた。
 鉄条網を自分で取り扱った記憶はないが、これほどやっかいなものはない。まずほどくのが大変だ。棘同士が絡まって線を出せないことがある。長さを測ろうと思っても巻いてあった線はコイル状になっており、伸ばそうと思って引っ張ったりすると手痛いしっぺ返しを食う危険性がある。
 皮手袋というのは大体便利なものだが、鉄条網の取り扱いについてはひときわ役に立つ。と思いながらせっせと柵に鉄条網を張る作業をやってみた。近所の先生の意見では、一度鹿の道ができてしまうとどんなことをやっても通行権を確保しようとするらしいが、どうだろう。次回の楽しみの一つである。


鹿道1

破れかけた柵の向こうには

鹿道2

奴らの散歩道がある

苦労して張った鉄条網

鉄条網

会所看板

 最初にきてからこの道路標識が気になっていた。すむ人は決して多くはないのになぜ「会所」なのかと思ったが、実際にきて住み始めてみると、この2文字が作るほっとするような感じがしっくりするのである。当然往復ともこの看板と反対側の看板をみるのだが、やはりほっとする。というわけで、プロフィールの写真は決定した。


会所看板

ふきのとう

 畑予定地3区画のうちの一つにふきのとうがでている。先週もカミサンがとっていたが、今度の週末は暖かかったこともあってかなりいっぱいでていたらしい。それに、椎茸も大豊作。農作業を始める前からこういう収穫があるのはうれしい。
 実はそのほかにもご近所からのいただきものがある。肉食動物の私にはきついところもあるが、この調子だと食べるのには困らない感じだ。肉食動物にはイノシシがあり鹿があるともいえるが、狩猟免許を取っても獲物がとれたらどうしようという問題は解決をみてはいない。

ふきのとう

3日間の進展(田舎暮らし一直線)

 3/8に開催される狩猟免許試験の申込は、千葉県に出向いてしなければならないため、2/16(月)は仕事を休んで大多喜町中心部にある夷隅合同庁舎に出かけた。通常であれば、ついでにホームセンターなどいろいろなところによるのだが、山積みの仕事が呼んでいるということでトンボ帰りをしたのだった。
 ということで、今回はほぼ3日間の農業生活だった。土曜日の耕運機の修理完了から始まったのだが、そのパワーはたいしたもので、40アールの農地の大半を少なくとも一度は耕運してしまったし、そのうち多くを占める田圃予定エリアはさらに深く耕すというようなこともやってみた。それ以外に別項で触れた水を引く工事や近所の人たちとの交流などが混じる。
 幸い3日とも暖かい陽気に恵まれたし、自分自身にもやる気があったので起きるのは5時、フルに働き疲れはてて眠るのは9時という毎日で、なんだか充実しているなあと感じた。昨日は横浜の家についたのが8時、ご飯を食べて風呂に入ったりしていると睡魔がおそってきて、BLOGに書くどころではなく眠りについた。これからの休日はこういうパターンになるだろう。


4枚田450

田圃になるだろうか

 今朝は5時に目が覚めた。近所といっても100m位は離れているが、迷惑にならぬようなるべくゆっくり支度して6時半頃から耕耘機に乗り始めた。でも早すぎたかもしれない。ウルトラポチ(耕耘機)は、残念ながら快調ではなく、プラグがかぶり気味で暖機運転に時間が必要だ。まあ、どんどん使えば次第に調子は出てくるが、プラグ交換とキャブレタークリーナーをやらねば。
 今日はあさから田圃予定エリアの耕耘を始めた。大まかには畦道の位置は決めていたのだが、耕耘を始めるとレベル差の大きいところが目立つ。田植えや刈り取りのことも考えて直線的な畦にしようと思っていたのだが、レベルに合わせて曲げたり、3枚の田圃を4枚に変えたりしてみた。
 そのうちに山の水の仕事が入って中断。水がきた後は、もっともレベル差が小さく、以前は水持ちも一番よかったらしい一番下の田圃に水を張り始めた。ただ、水量もたいしたことなく、田(予定)もざるのように吸い込む状態なので、果たして水がたまるのかどうか。来週が楽しみである。

田圃の予定1


田圃作り2

山の水がきた

 昨日お隣で興味深い話を聞いた。田圃をやっていた先々代のオーナーさんは、山から水を引いていたというものである。町道の反対側の山のわき水で、道を舗装するときにもその下をくぐる配管もやってあるらしい。いつも手伝ってくれているその家の息子さんが知っているというので、今日教えてもらうことになっていた。

水源地のようす


 今朝になってさっそくいってみた。水源地は家の前の道路から沢をちょっと入ったところである。倒木やら木の枝が折り重なる沢を登っていくと昔は土嚢だったらしきものが積んであった。おそらく10年くらいたっているのだろう。写真は取り忘れたが、パイプの先にはゴミよけのかごがついていたのだが、すっかり泥に埋まっており、かごの中も泥が詰まっていた。その後も塩ビパイプや家の中のゴムパイプのあちこちで水漏れが始まり、そう簡単には水は出てきてくれなかった。

途中の沢


 午前中いっぱいあれこれやってみて、どうにか家の中(田圃予定地エリア)に水が流れ出した。それにしても、隣の坊やはたいしたものである。ほとんど彼の働きであった。私などは道具などを取りに行くアシスタントのようなものだった。ちょっと水量は少なめだが、水がやってきたのはとてもうれしい。

ついに出た山の水

仔牛の誕生

 隣のお宅は酪農家である。家の昔の状態(特に田圃)を聞くために訪れたら、ちょうど仔牛が生まれたところに遭遇した。
 
仔牛誕生
 
 
 なんだか話を聞けるような状態ではなかったが、それでも時間を割いてくれてかなり有益な情報を聞くことができた。その内容は明日確認しながら別の項目で整理することにしよう。ここのお宅では、49頭の牛を飼っていると聞いていたが、これで50頭ということになるわけだ。大変に忙しい仕事のようで、お子さんたちも総出で手伝っているらしい。先週は絞りたての牛乳をいただいたが、とても美味かった。
 
牛たち

農機具復活

 横から吹く春一番の残りの風を受けながらアクアラインを渡り、大多喜の家にやってきた。今日も1時間半、到着は9時ちょうどくらい。しばらくすると10時の約束の農機具屋さんがずいぶん早めに到着した。今日は一番期待している耕耘機のタイヤを持ってきてくれることになっていたのである。バッテリは自分で交換し、エンジンはかけてみていたからタイヤを取り付けてもらって納屋の外に出した。8年間ほど暗い納屋の中に閉じこもっていた割には結構元気だった。
 
箱入り息子

 
 農機具屋さんはさすがに冷静で、ベルトを見てみましょうといいながらカバーを開けた。3本あるベルトのうち2本はやはりかなりへたっている。この耕耘機は不思議な仕掛けになっていて、ベルトが切れるとその場で停止するらしい。今頃のような時間に余裕のあるときに交換する方がお互いにいいらしいが、なるほどである。あまり整備性は考えられていないようで、プロでも3本のベルト交換には時間がかかる。その間にオイル交換は自分でやってみた。
 
農機具屋さん2

 
 
 次はいよいよ働く番である。先々代のオーナーさんが残してくれた取扱説明書には目を通していたから、農機具屋さんの簡単な説明で様子はわかった。とりあえず耕耘機(ウルトラポチという名前)はそのくらいにして、もう一つの気がかりである運搬車を見てもらうように頼んだ。
 
運搬機1
 
 
 この運搬機は、推定30歳前後。箱にエンジンが付きクローラ(キャタピラ)により動く仕掛けである。まあ、簡単に言えばエンジン付き一輪車のようなものだ。見た目はかなりくたびれており、あまり期待はできないと思っていたが、プラグコードを外してスターターを引っ張った農機具屋さんが火花が出ていることを確認したので、俄然可能性が出てきた。ガソリンを入れチョークを引き何度かスターターを引っ張ると、何とかエンジンは回り出した。
 
 
 
 耕耘機と運搬機が動いたことで、ずいぶん見通しが立ってきた。耕耘機では、早速二枚の畑を耕してみた。これで、とりあえずのジャガイモは植えられそうだ。それにしてもわずか2時間ほどで200坪くらいを耕せたが、便利な機械である。そのあと、山で刈り取ったススキを運搬車で運んでみたが、これも便利である。いい加減に山積みして縄で縛って運んだのだが、よく働く機械である。山にも通路を作り、堆肥を運んだり色々働くはずである。

働く運搬機


 傍らに立つのは隣の酪農家の息子さん、引っ越ししてからいつもきて手伝ってくれる。酪農は大変な仕事のようで、自分の家の手伝いを終わらせてからきてくれよ、といっている。でも、素人の我々よりよっぽど詳しく、とてもありがたい。

シンボルツリー その2

 「シンボルツリー」のあとも、色々考えたり見聞きしていたが、早く大きくなり巨大に育つというかなり単純な理由でメタセコイアにたどり着き、オークションで種を買ってみた。

メタセコイア(種子)

 変種の松ぼっくりのようなゆりかごから透明袋に入っている種子が出てくる。吹けば飛ぶような種子はかなり頼りないものだが、発芽率も低いらしい。

 100円ショップで買った吸水性のゲルボールの上に蒔いてみた。こんな寒い時期だからどうかなと思っていたが、ご覧のとおり無事発芽した。

発芽したメタセコイア

 緑色の小さな蛇のように見えるのが新芽である。ぐんぐん伸びて20年くらい経過すると、30mくらいの大木に成長するようだから、植える場所は慎重に考える必要がある。秋には葉だけでなく茎のような部分も落ちるようだから、そのことも考慮する必要がありそうだ。


近所(横浜)の学校のメタセコイア


これは横浜の家の近所、中学校に植えられているメタセコイア、落葉している3本がそれ。この学校は平成5年開校ということだから、まだ20年もたっていないが、すくすくと育っている。向こうの木は、山(本牧山頂公園)の上に植わっているもの。

再びアクアライン

 週末に通い始めてみると、どこにも寄らなければ横浜市中区から大多喜町会所までは1時間半である。これまで週末を過ごしていた三浦半島南部までが1時間10分程度(下道利用)であったことから考えると結構近い。年に何回か出かけていた松本市内までは4時間もかかっていたから、1時間半は週末住宅としては決して遠くないといってもいいだろう。 全くアクアラインはありがたいが、半額になる通勤時間帯を使うという前提で、大多喜での作業をできるだけ片付けようとすると、基本的には山間を抜ける道を辿るので買い物をする店が少ない。一度向こうの家に入り込んでしまうと、もう買い物も厄介で時間がもったいなくなるので、何でもなしで済まそうという「今までには考えたこともなかった」習慣がつきそうで、これは画期的なことではないかと思っている。
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