定年後・田舎作って・コメ野菜

房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。穫れた作物は横浜の家の玄関先で販売、最近では配達もやってお客様に喜ばれている。

前の記事の転載

ここの前に使っていて、既に消去してしまったBLOGのバックアップを取っていました。 試みにそのうちの2件をアップしたらうまく移せたようです。現在の記事と混ざるとごちゃごちゃしそうですが、一部については再掲載してみることにします。

とりあえずのご挨拶

 60歳という年齢は、今も昔も一つの区切りなんだと思う。ということで、昨年(2008年)暮れに還暦と定年が一度にやってきた。こういう事態は当然予測されていたので、ちょっと前からどんな方向を目指そうかということは色々考えていた。昨年夏ごろに考えていたのが「農楽文画」というキーワード。農業・音楽・文章・絵画という具合に漢字を足すとわかりやすくはなるが、ちょっとイメージからは外れてしまう。農・楽・文・画という具合に、いろんなことを中途半端にやる感じが良かったんだが。

 ところがそのうちに、一文字目がやけに気になるようになってきた。田舎暮らしもいいんじゃないかと、横浜からはアクアラインで一走りの房総エリアで手頃な物件を探し始めたら、それにどんどんのめり込んでしまった。そんな中で、「かなり理想に近い」とある物件が目についてしまう。

 房総半島の背骨の南側、大多喜町から勝浦に抜けるトンネルのあたり、会所という地名になるが、そこで3000坪の土地付きの家が売りに出されていた。その約半分は山である。残りが畑と家の敷地。家のほかに納屋もあるが、そこには農業用機械が収まっていた。中途半端ではない農業をやりなさいといわんばかりのものである。携帯がつながらないし、イノシシ・鹿・猿・山蛭などが出没する山奥であるとか、車がないと生活できないといった問題はあったが、今までのサラリーマン生活から転身する環境としては申し分ないように思えた。ただ、年金はすぐに出ない世代だし、何年かは勤めは継続するので、両立についてはちょっと問題含みではあるのだが。

 そんな土地と建物にようやく入植した。購入を決めてから2ヶ月くらい、一体何をやるかを考える毎日が続き、頭の中ではかなり多岐にわたるシミュレーションは重ねてきた。年末年始のあたりには別のBLOGにそうしたことを書き始めていたのだが、ちょっとした操作ミスで更新ができなくなり、あらためてここで再開することにした。前のBLOGにはいろいろ書いたが、いずれも頭の中で考えたこと主体だった。ここでもそんなシミュレーションを再度書き込むけれど、実際にやったことを主体に書いていこうと思う。団塊の世代が定年を迎えるこの時期、タイトルにも入れてある「定年帰農」という言葉が一種のブームになっている。だが、いざやろうと思っても常識的な判断から思いとどまる方も多いと思う。我々の場合は思い切って飛び込んだわけだが、そんなことがうまくいくのか行かないのか、リトマス試験紙のようなことも私自身およびこのBLOGの重要なテーマだと思う。ということで、にわか農業人の生活を紹介していきますのでよろしく。

畑などの面積、再計算結果

 昨日書いたように、全ての根拠にしていた航空写真の縮尺ミスを是正してみた。それによると、

    A敷地=  288㎡

    B敷地=  300㎡

    C敷地=  480㎡

    D敷地=2,727㎡

    小計 =3,795㎡

という結果になった。

登記上は、畑と実質畑となっている宅地を合わせて4,308㎡あるが、この計測は傾斜地や通路部分をのぞいた正味の畑の面積である。



 なお、山の一部を果樹園として開墾するつもりだが、これはF敷地=1,900㎡程度と考えられる。これを合算すると5反歩を超えるから、いわゆる農業資格を取る条件を満たせそうである。



航空写真の縮尺ミス

GoogleEarth の高さ機能を使ったついでに、距離測定機能を使って敷地の長さを測ってみたところ、今までベースにしていた航空写真の縮尺が約1割間違っていたことが判明した。長めになっていたのである。面積では81%になってしまうから、かなりの目論見違いが出てくる。

そういえば、畑地の面積が多いように感じてはいたが、畑の中に昔の宅地部分(300㎡程度)がそのまま残っていることや、昔の面積が実測で増えることはよくある話だから、それほど気にはしていなかった。航空写真は、最新のGoogleEarth版、NTT-ME版と1974年当時の3種類あるが、一応縮尺を正しくすることや、エリア別の面積計測をやり直さなければならない。まあ、測量時に気付くよりは事前に気がつく方がよかったと納得することにしよう。

害獣との戦い(狩猟免許編)

 害獣との戦いでは、農作物を護る外柵のことを話した。 まあ、それも行うんだが、調べてみたら千葉県の狩猟免許試験が3月8日にあり、その1週間前に千葉の猟友会が主催の講習会があり、色々忙しい時期ではあるが計2日間かけてワナの免許を取ることにした。



 当然のことながら、狩猟免許の本があるだろうと探してみたが、アマゾンでも見つからない。古本のサイトを軒並み当たったがやはりだめ。結局、大日本猟友会のサイトでみつけたんだが、そんなところで買うくらいなら講習を受ければもらえる可能性もあるし、一週間前の講習で詰め込むことにした。



 カミサンからは、捕れたらどうするかは考えているのか、という指摘もあったがそこまではとても考えている暇はない。ただ、被害にあって手をこまねいてみているのも悔しいので、とりあえず免許は取っておくという感じである。大多喜町では、町がイノシシについての処理を引き受けてくれるようだ。道の駅でも肉が販売されていた。私は、本当のところは野菜よりは肉を好むので、自分でも消費しようという気持ちはあるが、それはおいおいに・・・・

水の心配(続き、井戸掘り編)

 井戸といえば、小学校のころ住んでいた目黒の家を思い出す。目黒区最西部の駒沢に近いところにあったその家には井戸があった。家自体は大正時代に建てられたものだったが、同じように古ぼけた納屋が付属し、その一角に手押しポンプの井戸があった。当然使われなくなって久しいものだったから涸れ井戸状態だったが、あるとき隣に住んでいた同級生とその井戸に挑戦した。

 呼び水なんていうことは知識にあったから、バケツで水を注ぎながら交代でポンプで汲み出そうとするが、スカスカでまったく手ごたえがない。1時間とかそれ以上ひたすら続けるうち、急に手ごたえがあって赤い水が流れ出た。二人とも大喜びだったのはいうまでもない。田中君というその同級生は、背が高くてやせていたところから、担任の先生から「でんちゅう」と命名されていた。いつも遅刻仲間だったが彼も還暦だ、どうしているんだろう。



 思わず昔のことを思い出してしまったが、色々調べてみると井戸を自分で掘ってしまう人も多いらしい。中でも、曾我部さんという方が考案した井戸掘り機 が有名らしい。理屈で考えると厄介なものではなく、たとえば螺旋形の歯を地中に向けて回転させ、掘り出した土を取り除き、穴の開いたパイプを入れて壁を確保する、つまり地下鉄などのトンネルを掘るときのシールドマシンの超小型版を考えればいいのだろう。そんなことを調べたり考えたりしていたら、古くなった井戸ポンプの修理方法も見つかった。それを見ていると、どうも井戸が涸れていたというよりは、ポンプのピストンの部分の機密性に問題があったのではないかと思う。まあ、今頃わかっても仕方ないんだが。



 古井戸の状態を見て、自分で掘ってみることも考えてみよう。

田舎造りの最初の実施項目 基本インフラ編

 決済(所有権移転・引き渡し)まで3週間と時間的にはまだ先だが、最初の年からある程度の収穫を上げたいという人情からすると、その後の時間はあまり多くはない。まして、いろいろ夢や空想がふくらんでいるから、整理をしておかなければならない。と、効率から考えてしまうこの習慣が、これからの自然相手の生活にはあまり合わないのではと思いつつも、ついつい考えてしまうのはサラリーマン生活を続けてきた結果の悲しい性だ。



 入植後最初にやらなければならないのは、資機材のチェックである。一応売り主さんと農業機械などはそのまま引き継ぐ約束をしているのだが、色々な道具が収まっている納屋も最初に一度ちらりと見ただけ。たしか農業用機械は4台くらい置いてあり、うち一台はヤンマーのウルトラポチという機械だったこと、田植え用のパレットがあったから田植機があるんじゃないかということ、エンジンの刈払い機が2台あったこと、という程度のアバウトな認識しかないから、びっくり箱を開けるようなものである。細かいものも含め何があるかを確認することは一番目の仕事だ。続いて、ちゃんと使えるかどうかも要確認である。



 次の仕事は、竹や木の伐採である。これについては竹藪退治 その2で触れたが、この作業の続きは果樹の苗木を購入して植え付けることになっていく。何しろ初めての作業だからどのくらいの手間・時間がかかるかの見当もつかない。一方で、伐採した樹木や竹の始末(基本的には炭にする予定)があるが、炭焼き窯をどうするかを含めて当面の仕事が終わるまで見送りになるだろう。



 その次は敷地の測量となる。元々田圃だった土地は埋められて畑地になっているが、それを田圃に戻していく方向で考えている。少なくとも1年目は自然農法の採用を検討中だが、この方法では常時潅水状態にする必要はなさそうでも、時々特定の目的により水を入れることが必要らしい。また、敷地内に農業機械を走らせる通路を考えることも必要。更には田圃と組み合わせてビオトープを配置し、水棲生物の居場所も考えよう、などと色々なイメージはふくらんでいるので、その基本となる高低測量をやらなければならない。



 以上が、インフラ整備に関わる当面の実施事項。インフラというと、実は用水の話もあるんだが、西側を流れる養老川の水を汲み上げていたポンプが残っているはずで、一番最初の確認の中にそれを含めておこう。

 

 

インターネットは微妙

 大多喜町会所の南部では、携帯電話がつながらないことはすでに書いた。 もう一つの不安な項目はインターネット接続である。おなじみかどうかは知らないが、NTT東日本の電話回線線路情報で比較的近所の電話番号を確認したところ、収容局からの距離は11キロとかなり悲観的になる数字だが、伝送損失は55dBということが判明した。距離の11キロについては限界を遙かに超えているが、伝送損失55dBという結果は何となく可能性の見える数字だと思う。会所というエリアは世帯数30数件のようだから、距離は大きくても分岐や継ぎ手も少なそうなので回線の状態はよほどいいんだろう。回線業者については、NTT東日本以外はすべて提供エリア外で、ほかに選択肢はない。



 こういう状況から、つながれば幸いであり速度は期待できないという見通しだ。入植後、いろいろと調べたいことが出てくると思われるが、反応については期待せずにじっくり待つことが必要だろう。



 ところで、インターネットがある程度の速度でつながれば、無線LAN環境の中でFOMAを使えることがわかった。ホームUというサービスだが、新しい対応機種に交換しなければならないこと、パケホーダイの申し込みも必要なことがあり、FOMAに加えてEmobileで定額パケット通信を利用している状況から考えると、トータルコストの面から見ても飛びつくようなものではなさそうに思える。当面は電話機の子機を持っていればいいだろう、敷地の端まで100メートル内外だし。



NTT東日本通信速度の目安( 損失 50dB以上 )

アクアライン

 横浜から房総半島への時間距離はかなり近い。アクアラインを使えばである。木更津の料金所を越えるまで30分程度しかかからない。だから、大多喜町の南端でも2時間程度でついてしまう。

 ところで、最近のアクアラインは通勤割引があり、元々の3000円の半分で渡ることができる。渋滞とも無縁だし1500円はかなり値打ちがあると思う。ただ、この割引は木更津料金所を通過する時間によるから、5時の少し前は入り口手前の側道に時間待ちの車が並んでいる。

 それにしても、高速道路の割引ほどわかりにくいものはない。一応ホームページには説明があるが、よく読まないとなかなか理解できない。一カ所を読んで安心してはいけない。全く違うところに得する情報が書いてあったりすることもよくあるようにみえる。特に距離100キロ以上で50%オフが消えるのは要注意だ。



 ところで、大多喜通いが始まる2月からは高速代が大幅増である。軽自動車導入も要検討事項だ。

参考資料

 いちいち紹介しないが、読もうと思う本が溜まり始めている。農業関係では「自然農」関連が3冊、農業機械関係が1冊、雑木林・炭焼き2冊、田舎暮らし関連3冊。昨日図書館には2冊返したんだが。ここ数年、読む本というと車・PC関係が多く、ごく最近になって音楽関係が多かったんだが、180度方向転換というところである。

 いろいろ本も増えてきたため、本棚の大掃除をした。いらない本は有無をいわさず処分しないと限られた本棚に余裕もできない。ということで、PC(古くなると役に立たない)、くるま、釣りなど 以前の趣味に関係したものは処分ということになった。

 ただ、創刊の頃からずっととり続けている「カーグラフィック」は捨てるわけにいかず、いまだに定期的に増え続けているから、幅3m、高さ=天井までのスティール本棚の7割はCGに占領されている。
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