とても慌しかった1年が過ぎて2月から2回り目に突入したが、週末の2日で農業をやるという基本は変わっていないから、相変わらず慌しい日々であることも変わっていない。しかし、気持ちの上ではずいぶん余裕のようなものができたように思う。これまでの半生と今現在の平日の暮らしは、時・分・秒に追いかけられる日々だったし、それが続いている。しかし農業と関わることになってからは、季・月・週を基準とするようになりつつある。これは大きなリズムの変化である。昨年は、そういう自然や農業基準のリズムに時・分・秒の感覚であわせようとしていたところに、多少焦りのようなものがあったんじゃないかと思う。しかし、十分とはいえないまでも収穫をみて、自然との共存の可能性を感じられたことが変化につながるであろうと感じている。まあ、長年の週間や行動パターンがわずか1年ほどで簡単に変わるわけはないと思いつつも、なんだかいい具合に力が抜けそうな気がする。去年は、2月始めの入居から5月末の田植えまで、ほとんど継ぎ目なしに仕事に追いまくられていたが、今年は一応強弱のリズムはできてきている。
 それにしてもうれしいのは、この天候不順にもかかわらず、いろいろなことが去年に比べてよくなりつつあることだ。フキやワラビの出方は去年を上回っているし、タケノコも同様だ。そういった作柄・できばえには自然任せの部分もあるが、田んぼが広がったとか沢水が安定しそうだ、なんていうことは自身の努力の成果である。規模にもよるのだろうが、少数の人間の力が具体的な成果に直結すると言うことは、農業というものの大きな魅力である。