定年は一つのチャンスである。特に企業という一つのカルチャーにドップリ浸かっていた人にとって、新しい世界を経験するきっかけになりうる。しかし、転身というそれまでの延長でははかれない事態を自ら作ることは大変な労力のいることであり、おそらくは自分一人の決断ではすまない場合が多い。そのように考えを進めると、この機会を逃すと結局あまたのしがらみに抑え込まれ、転身は夢に終わる可能性が高い。
 私自身は、いろいろな幸運や環境・運に恵まれ、そして自信の脳天気も幸いし、定年を機に農業を始めるという機会に恵まれた。恵まれた状態がずっと続くかどうかは定かではないものの、自分の田畑を耕し、自分で作ったものを食べ、日々歳々自然と対峙・会話する生活を営むこと、これは究極の老後の生活ではないかと考えている。
 ところで、私は62歳。サラリーマンとしてはすでに定年を迎えたが、日本の農業者の平均年齢よりは若い。若手農業者といってもいいかもしれない。しかし、考えてみるとゆゆしき事態である。食糧自給率の危機的低下が叫ばれて久しいが、これを防ぐ対策が何か講じられている様子はない。そのような中で農業を担う人の年齢が高齢化し、ついには耕作することもできなくなってしまう事態も珍しくはなくなっているのである。
 そこには我々定農連(定年農業者連盟)の出番があるんじゃないだろうか。たしかに農業を生業にすることには無理がある。ずっと農業をやってきた人でもそうだから、サラリーマンで定年を迎えた方は無理と考えるのが当然。だけど、十分ではなくても年金を頼れる人は少なくないだろう。それに、田舎で自給自足生活というのはあまりお金も必要にはならないようである。このあたりはまたいろいろ説明する場もあるだろう。
 私はこれまでの人生のほとんどを都会で過ごした。従って、農業などはっきり言って視野にはなかった。わずかに関わっていたことといえば、家内が市民農園を借りていたこと、多少は手伝った。それに屋上に田んぼを作っていたこと、これも手伝ったが、イネの不思議さにはなんだか心牽かれた。カミサンがやっていた市民農園は最盛時で40平米くらい、経験もしれている。それにほとんど初めての私が加わって田んぼを含めて3反の農業を始めるというのだから、周囲からは狂気と映ったかもしれない。でも、やってみるとすべては杞憂に終わった気がする。どうやら、放っておいても作物は育つ。問題があるとすれば、農薬を使わないから虫にやられるということ、イノシシやシカに食われることくらいかな。このあたりは過渡期的に週末農家でやっている今の状況にも関係している。専業になる来年はましだと楽観しているが。ともあれ、挑戦すれば何とかなると大きな声でいってみたい。



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