私は(一応)建築技術者であったが、サラリーマン時代を振り返ってみても、その範囲の専門技術を深めたり使うということはそれほどなかった(と、今だから言える)。その代わり、決して専門ではないけれどコンピューターと近い、あるいは活用するような仕事が結構多かったように思う。手のひらに収まる小さな端末でインターネットに接続したりコミュニケーションを図れる現在に比べると、まさに原始時代といった時期から始まるのだが、ちょっと昔を振り返ってみることにしよう。
 
 勤め始めた1971年当時は、まだ電卓もほとんどオフィスには現れておらず、マイコンなどと呼ばれた今のPCの原型も出ていなかった。コンピューターは会社にあったけれど、電子計算センターというところに鎮座ましますという状況で、普通の仕事につかえる状況ではなかった。そんな状況の中で、何がきっかけだったか覚えてはいないが、HPのプログラマブル電卓を購入する。
世界初のポケッタブル科学技術計算用電卓/HP-35
   by電卓研究室 / Vintage Electronic Calculator Laboratory(リンク済み)
wikipediaのHP-35

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わずか48ステップだがプログラムを組むことができる。レジスタ(メモリー)は8個ぐらいあったんじゃないかと思う。ジャンプや条件判断というプログラムの必需機能もあったはずだ。価格は7万5千円だったと思うが、おそらくこの当時の月給(額面)1か月分くらいの高価なおもちゃだった。ちょうどそのころ、慶応大学ビジネススクールというところへの国内留学が決まり、1年弱ほど仕事を離れて勉強に明け暮れたのだったが、その中の経営・経済関係や会計などの科目の勉強にはこの機械がとても役に立ったのだった。ただ、毎晩寝るのは1時か2時という具合だったから、プログラムを組む時間などはありえないのだが、無理に作って使うことにより逆に何とか余裕ができるということの繰り返しであった。これが私のコンピューターとの最初の遭遇だったのである。
 この留学先では、コンピューターのプログラミングという科目も必須であり、それはアメリカのGEのコンピューターネットワークを衛星経由で使うという当時としては先進的なシステムを利用するもので、HP-35で火がついていた私はコンピュータールームに入りびたりとなるのだった。そして、システム利用料が異常な数字となり、教授会では対策が議論されたということを卒業時に聞かされたのだった。(続く)
 
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