国内留学中に使用したGEのシステムを調べてみたら、こんなところに記載があった。どうやらGEがグローバルに展開していたTSS(タイムシェアリングシステム)らしい。私が使っていたのはFORTRANベースのものだったが、この時点では私のプログラミングの能力も大したことはなく、マネジリアルエコノミクスの副教科書に載っていたソフトを打ち込んで、何とか使うといった利用法だった。そのプログラムとは、確率が不確実な選択肢を数量的に分析するという不思議なものだったが、実はこの概念はあとで仕事の中でもしばしば利用できるようなものだった、人には言えないが。

 ところで、先ほどのHPの中に記載があったのだが、「今までもらった中で『最も気に入ったプレゼント』は、シアトルで過ごした中学時代にGE Mark IIIタイムシェアリング コンピュータがくれた時間」とマイクロソフト創設者のビルゲイツさんが行っているらしい。うーん、同じシステムを挟んでそんな人とつながっていたようだ。
 
 約1年間、遊ばしてもらったあと会社の仕事に復帰する。その時点の課題は、社員さんの年齢構成だった。留学していた頃は不況風が吹いており、会社は採用を思い切り絞っていた。どのくらいかというと、その前の一時期に比べて8分の1といった数字だった。私がいた建設業界は、景況で採用数を増減するという傾向があり、私の所属した企業のそのころはこれを相当極端に実施していたのである。私は企画部門にいたので、このままだと将来どんなピラミッドになるのか、という予測をするようにという大命題を仰せつかった。一応社命で留学し、電子計算機の勉強もしてきたということで、さっそく電子計算センターという部署に指令が飛び、先生役の専門技術者もつけてもらい、ただ一人の一般社員だったけれどHITACという大型機を使えることになった。ただ、当時の大型機ではFORTRANやCOBOLが幅を利かせており、さすがにそれは無理だろうと先生が見抜き、SAS(統計処理システム)を使ったらいいとアドバイスしてくれた。このSASというヤツは結構強力なシステムだったが、まだ出始めのころで実験的に使わせてみようということだったのかもしれない。
 そんなことをやりながら、10年後・20年後・30年後の会社の年齢構成を予測して報告書なども書いたのだが、残念ながら経営陣は約10年にわたって採用を抑えるという方針を変えることはなかった。私はとっくに会社からは離れたが、おそらく今でも大きな問題となって残っているに違いない。(続く)

(追補)いい加減な記憶では、GEのTSSで使用していたのがBASICと勘違いしていたが、FORTRAN Vという簡略化したものであったようだ。入出力のフリーフォーマットが可能とか、コンパイル作業不要でインタープリター的に使えるという、のちのPCでのBASICのような特徴を備えていたための勘違いである。
 
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