10年前のちょうど今頃、現在農場と呼んでいる大多喜町の農地つき住宅の存在を知ることとなり、紅葉見物で混み合う粟又の滝あたりの渋滞を抜けて現地の見学に来たのだった。仲介業者に案内されて一度見に来て、ちょっと迷いがあったカミさんの提案で、我々だけでもう一度やってきて、道を歩いていたご近所の人たちに色々聞いたりして、最終的にはここがいいということになった。私はコメ作りができそうだから大賛成、カミさんは携帯もつながらずケモノや山蛭が出ることが気になるシブシブの決断だったようだ。
 それから長い時間が経ったようだが、コメも作物も芋もまだ10回しか作っていない。それまでは何でも2年で飽きていた私も、依然としてこうやって自分たちの食べるものを育てる生活にのめり込んでいる。このシリーズ(1)では、作物を作ることとそれを売ることを仕事として位置づけてきたこと、それこそが現在の生活がうまく行っていることの基本になっていると書いた。その後も色々考えていたが、それに大きな間違いはないだろう。ただ、他にもなにかあるような気がして、あれこれ考えている。何しろ10年という一区切りだからね。
 ちょっと思いついているのは、食べるもの、それは大げさに言えば命の源になるが、これを自分自身で生み出すということも別の大きな柱ではないかと考えている。サラリーマン時代までは、食べることというのは結構面倒なもので、楽しみというようなものではなかった。今でもその辺りは変わっていないけれど、自分で作ったものを食べるということは格別のものと感じる。
 さらにいえば、幸いにしてコメを作れる環境を得たことだ。私はもともと農的生活には全く興味がなかったのだが、唯一の例外があって、カミさんが横浜の家の屋上で作っていた古代米には心を惹かれたのだった。定年の頃に田舎暮らし用の物件を探したときも、私にとっての重要事項は「コメを作れそうなところ」だった。今の農場は、もともと農場ではあるものの田んぼは消えていたのだが、ユンボを借りてそれを復活させることからはじめて、最初の年からコメを作ることが出来た。もうその勢いはずっと続いているといっていいだろう。米ができるような田んぼを手に入れるのは意外にハードルが高いのだが、じつに幸運だったと言える。コメという不思議な植物との接点がなければ、今まで続いていなかったかも知れないと考えるほどである。

1130稲


 
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