今年の米作りについては先日まとめてみた。今回は、これまでの11回目の米作りを全体的に眺めていこうと思う。

0109収穫

 そもそも、私は植物と触れ合うような農的暮らしには全く興味を持っていなかった。カミさんの方は、ここに来る前の週末拠点〔三浦半島津久井浜)付近で市民農園を借りるなど、以前から一貫して農的志向があったが、私の方はというと、力仕事が必要な際にちょっと手伝う程度で、ほとんどタッチしていなかったのだった。ただ、カミさんが市民農園と並行して、横浜の家の屋上で古代米を育てており、それをみて稲の不思議さには少々興味を抱いていた。
 定年を迎える2008年末に向けて、当時の週末ぐらしの拠点から、さらに飛躍しようということになり、関東エリアを幅広く探し始めたのだが、私は定年をきっかけとして、どうせなら米を作るような暮らしに転向しようと考えて、田んぼをやれそうなことを選択の条件に入れることにした。この源流は横浜の屋上田んぼだったのである。一番手軽な道、三浦半島あたりでも探したが、田んぼ適地はおろか、農地も適当なものが見つからない。山梨や茨城にも足を伸ばしたが、どうも農地を探すこと自体が当時の一般的な不動産流通(田舎暮らしを含む)経路からはかなり難しかったようだ。
 毎週物件を探して、週末に現地に行って確認するということを2~3ヶ月くらいはやったと思う。そして今の場所にたどり着いた。だいたい300~500坪が標準の田舎暮らし物件の中では、農地を含む3000坪という広さは目立つものだった。そして、どうやら昔は田んぼだったことも判明、しかしその当時の持ち主は農業をやらず、田んぼも畑も草原に姿を変えていた。それに、携帯はつながらず、イノシシ・シカなどのケモノ、山蛭まででる一種とんでもないところということもわかった。カミさんは、そんな状況や広すぎる農地を理由に消極的だったが、なんとかここに落ち着いた。現地視察は2008年12月の紅葉の頃、その後契約などの手続きを進め、実際に入居したのは翌2009年1月末だった。仲介業者の案内で一度見て、決定する前にもう一度出向いたが、そのときには地域の人達がやっているもみの木庵(蕎麦)に寄ったり、散歩しているご近所さんと話をするなどで、カミさんの不安もかなりの程度解消し、決してリサーチは十分とはいえなかったが、とにかく購入が決定した。(続く)






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