クルマの系譜をまとめていたら、いろいろむかしを振り返って懐かしかった。そうなると、回顧録を書きたくなるのは年寄りの特性である。しかしながら、私は40代の頃そんなものを書いていたことがあった。会社の中でやっていたパソコンネットのフリートークのコーナーに、「くるまたちの四季」という短編集で乗ってきたいろいろな車のことを書いていたのだった。それの復古版をFACEBOOKのノートにアップしたんだが、どうもノートという機能自体が先月終わってしまったらしい。なんとか読むことはできるのだが、たどり着くのは大変だ。その再復古版はいずれ考えることにしよう。
 このBLOGの最初の頃を読み直したら、同じような回顧録に再挑戦しようとしていたらしく、一つ見つかったのがインプレッサについてだった。(2)に続くなどと書いてあるが、どうやらそれだけで頓挫したらしい。まあ、入植後2年経過した頃のシーズンオフだから、田んぼの整備などに追われており、それどころではなかったはずだと自己弁護しておこう。まあ、いろいろ乗った中からインプレッサを選んだのは今でもよく解る。最初に書く対象としてコレを選んだ理由は、その記事の中にも書いてあるが、さらに10年経過し、25年経ってもその気分は同じである。

1123インプレッサ1

 (1)をあらためて読んでみたが、どうもツッコミが足りない。もっと色々書くことがあったはずだ。思い出してみると、関西への出張の足として使った時期のことを思い出した。関西支店(当時は大阪支店と言ったかもしれないが)の支店長が大学の先輩で、住宅工事のことでこっちに来てくれという話だった。本当はこっちに来いということだったかもしれないが、東京エリアでも同じような仕事をしていたので、そちらは離さないということだったのかもしれないが、当面毎週出張していくことになった。引っ張り合いするほどの人間じゃないんだが。その頃は現場から管理部門に上がっており、普通の電車通勤に戻っていたので、脂がのったインプレッサに乗りたかった私にとっては実にありがたい話だった。毎週の初めは東京で仕事をして、火曜日くらいにインプレッサに乗って大阪に向かう。ルートは東名・時々中央高速で、名古屋より向こうは無料の名阪国道で行く。宿舎として堺の社宅を借りていたので、ルート的にも名阪ルートが好都合だったのだ。2~3日大阪にいてまた戻ってくるという無頼な生活が何ヶ月か続いたのだった。

1123インプレッサ2

 出張の目的である仕事のことはさっぱり覚えていないが、インプレッサでの往復はよく覚えている。四輪駆動260HPの軽量セダンは実によく走った。その頃のクルマはスピードチェック機構がついていたので、あるスピードに達すると警告音がなってエンジンがストンと力をなくす。毎週走っているとカメラの位置も覚えるから、それ以外の場所は深夜をいいことに人に言えないほどのスピードで走るのだが、特筆すべきはステアリングの正確さと安定性だった。最高速域でもライン1本分くらいの横移動が測ったようにできる、という表現で理解してもらえるだろうか。そんな具合だったから、毎週の出張も全く苦にならなかった。週に千数百キロだから、月に6~7千キロのペース。オドメーターはあっという間に増えていく。出張が終わったときは寂しかったはずだ。
 誰にもわかりやすいオープン2シーター3台を始め、いろいろな車に乗ったが、でも本当は速いセダン、それも見た目は普通のくるまというのが一番好きだったような気もする。実はこの手も結構多くて、極初期のスバル1000スポーツから始まり、ちょっと疑問詞がつくSSSターボ、RITMO 130TCなどがこれに当たる。リトモはサソリがついていたりして、普通のくるまとは言いにくい部分もあったけれど。 しかし、何ごとにも終わりはあるもので、この走るために特化したマシンとも別れるときがやってきた。最後のあたりは息子が乗り回していたんじゃないかな。通勤利用もしなくなり、必要なときにはカミさんの初代フィールダーを使うことにして、次の目的に備えることにしたのだった。10万キロを超えたくらいだったはずだが、実はミッションなどが少々傷んでおり、潮時というものだったろう。しばしの充電のあと、長年の夢が実現するのだが、それはまたの機会としよう。
 







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