インプレッサの次はもうちょっと考えて、のんびりまとめようと思っていたのだが、先ほど元町マリン眼科に出勤したときに、とあるくるまが元町通に停まっており、予定を変えることにした。

1124MGA

 写真はMGAである。そのピークは私のくるま人生よりかなり早く、縁遠いくるまではあったが、一時期付き合っていた三浦半島野比にある一風変わった自動車屋エリートモータースの2階に、ピカピカにレストアされたMGAがビニールで封印されて置いてあり、急に身近になったという記憶がある。

1124エリートのMGA0

1124エリートのMGA


 それで本題だが、その妹分とも言うべきMG Midget に乗っていたときのことを話そう。これについては、大昔に書いたものが見つかったので、それの引用から始めたい。

89-11-02 01:04:50 SMRT8001 くるまたちの四季 その2(MGミジェット編)

 15年ほど前だった。(注:1975年頃)当時は就職した直後でもあり、車を一台に減らして母親と共同で使うことになり、何の変哲もないATの大衆車(トヨタ製)に乗っていた時期である。とくにあてにはしていなかったものの、毎月のCGの「売りたし」欄には必ず目を通していた。
 あるとき、その中に格安のMGミジェットを見つけた。持主は京都に住む学生。さっそく連絡をとったりするうちにその気になり、数回の電話でかなり煮詰まってしまった。当時は、もちろん給料もやすく、格安とはいっても大変だったはずだが、とにかく懐に金を入れ、夜行バスで京都へ。運悪く免許を紛失していたため、ドライバーとして大学生の弟を同行させた。夜行バスは早朝に到着。駅の周辺で朝食をとったりして時間を潰し、市電で車が待つ街へ。停留所から路地に入ると、向こうにミジェットが見えた。赤のボディに白いハードトップ、その朝降った雨を全身にためてキラキラ光っていた。(雨上がりの車はきれいなんだよな)
 試乗したかどうかは記憶にない。おそらく一目惚れ・即決というやつだったろう。その場で決めて、すぐ引き取った。とにかく、名神にはいって横浜へ向かう。免許はないから、弟が時折あげる歓声を聞きながらじっと耐えて帰ってきた。落ちついて眺めると、結構な車だった。MK1という最初期型で、窓はアルミのフレームにプラスチックがはめ込みになったもの(ネジ止め)、ドアハンドルは室内側のみ、幌は骨と布を別々に組み合せるもの、という具合に、きわめて雰囲気があるものだった。更に調べると、MK1の中では最後期のものらしく、エンジンは1.1リッターに拡大されていたし、Fブレーキはディスクという珍しいタイプということもわかった。有頂天、当時はまだ落ち着いていた元町や山手の丘を、喜々として乗り回したりしていた。

1124尾根道のミジェット

1124midgetと俺


 このままいけば、バラ色だったのだが。予定どおり不幸はやってくるものである。エンジンは頑丈そのものだったが、アキレス腱は、どうやらミッション。数カ月毎にトラブルが起こりはじめた。東京は遠かったので、横浜で英国車に強いメカニックを探してあったのだが、しょっちゅう厄介になるはめとなった。なぜか、調子が悪くなるのは弟が乗っているときばかり、だからギアやそのほかの重い部品を、東京のキャピタルモータースなどに買いに行く役目は、いつも彼だった。結局、ミッションの中身はほとんど交換したかも知れない。
こうなると、金の工面にも苦労する。なにしろ、エンジンから脱着しなければならないし、一桁も上の方の金が毎回かかった。当時の初任給といえば、一桁も下の方だったから身分不相応な持ち物だったかもしれない。1回の車検をはさみ、三年くらい持っていたが、あるとき決定的なことが起こってしまう。外出先から弟が電話連絡、「車輪が外れた」というもの。電話では様子がわからず、駆けつけてみると、なんとリア・アクスル(後部車軸)がサスペンションから外れて後ろにずれ、腰抜けになっていたのだった。とりあえず付近の友人に来てもらい、ジャッキをいくつかかませて持ち上げ、もぐってみた。車軸固定用のボルトが見事に折損していたのだった。力任せに車軸の位置を直し、有り合わせの針金で固定。そのまま帰ったのだから、くるまは単純なものだったし、人間も乱暴だったようだ。
いま冷静に考えれば、ミッションなどよりは、安く簡単に直るはずなのだが、度重なる修理代がボディブローのように効いていたし、おまけに、横浜の潮風は、何箇所かに穴を作りはじめていた。非常に気に入っていただけに、無理して私が持っているより、余裕のある人がちゃんとレストアすべきかも知れないと思うようになってきた。例の車軸固定金物は、取り敢えず近所の鉄工所に作ってもらい、当座はそれでごまかしていた。そういう不完全な車だから、個人に売るわけにもいかず、結局東京の中古車屋に引き取らせることにした。もちろん、私が買った格安の価格を更に下回る価格であったことはいうまでもない。
 もう10年以上も前(現在でいうと40年以上前)で、記憶も薄れているが、実に雰囲気のあるいい車だった。ダッシュのセルボタンを押してエンジンをかけるのは、それこそ儀式だったし、簡単に滑べるリアは、絶対的に遅いスピードを忘れさせた。ロードスターよりもずっと小さなボディは、実に愛らしかった。きっとロードスターにとびついて買ってしまった気持ちのルーツは、このミジェットにあったはずである。ロードスターにも当然つけたトノカバーも、このミジェットに教えてもらったものだ。くるまというのは、手放すときには必然的な理由があるものだが、後になると、何故売ってしまったのだろうという気持ちが必ず残りますね。でもしょうがないのかなぁ。

----------------------------------------引用終わり

 読み直してみたが、あまり付け足すことはない。学生時代のスバル1000スポーツ、それと新米サラリーマン時代のミジェット、この2つの軸が長い自動車趣味の座標を作っていたような気がする。


1124ミジェットとキャリイ


 そういえば、このくるまのドアを開けるときがちょっと面白い。ドアハンドルは中にだけついているから、ドアの内側に手を伸ばして開ける。窓と幌をつけているときだと、プラスチック板引違いの窓を開け、そこから手を突っ込んで開ける。この引違いの窓には鍵などついていないから、いつも変な鍵(写真参照)をつけていたんだが、これがちょっとつや消しだったかも。今と違って何でも写真を撮る時代じゃなかったから、現存する写真が少なく、それがちょっと残念だ。
1124窓の鍵



にほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村
  ブログ人気ランキングに参加しています。一日一回バナークリックで投票してください、お願いします。