20世紀終盤に乗っていたスバル・インプレッサについては、この改訂くるまたちの四季の初期にちょっと書いているが、昔の連載のときにはちょうど現役だったので、振り返る形で書いていたそのシリーズには掲載していなかったものだ。あらためてここにまとめてみることにしよう。

 ロードスターの次にこれを購入したのは1995年の暮れ、納車はちょうど私の誕生日(47歳かな)直前だった。購入の経緯は2010年11月のBLOG記事に書いてあるが、要するに「羊の皮をかぶった狼」に乗りたかったわけだ。このくるまの成り立ちだが、3台目に乗ったスバル1000スポーツの末裔で、4気筒水平対向エンジンが縦置きになっている。動力はドライブシャフトを介して後輪にも伝わっており、常時4輪駆動である。20年の間の進歩進化は顕著で、当時のスバルは国際ラリーにも挑戦しており、私が買ったWRX-RAというモデルは、そのベース車両にするべく、エアコンやパワーウインドウなどもついていない素のままの車両であった(エアコンはあとで付けたが)。エンジンなどの一部部品も特別なものになっていたらしいが、そのあたりはほぼ無関係だった。
 前のロードスターは、ほとんど通勤用に使って相当な距離を稼いだけれど、このくるまに替えてからまもなく現場から本社に戻ることになり、通勤特急生活は終わることになった。しかし、幸か不幸か、ありがたいのかそうじゃないのかよくわからないが、大学の大先輩である関西支店のお偉方から、「本社なんかでくすぶっていないで、こっち来て手伝え」という声がかかってきた。本社の方でも何でもやる係みたいなものだったから、「はい、了解」ということで、月火は東京の本社、水木は関西支店という二股勤務が始まった。移動はもちろんインプレッサで、火曜の夕方関西に向かい、木曜の夕方戻ってくるという結構無茶苦茶なことが始まった。これは1996年9月から翌年2月まで続けていたようだから、その間で3万キロは走ったことになる。この辺の経緯はここにちょっと書いてある。
http://kaisho-farm.blog.jp/archives/1078194368.html
 思ったように振り回せるという定規では、このくるまが今までの最高レベルだったと思う。ただ、「危険なほど速い」と徳大寺さんが言っていたように、それなりの緊張感は必要だったように記憶している。そんなものだから、今更乗りたいとは思わない。まあ、40代だから乗れたんじゃないかな。
 10万キロになった頃、かすかだがミッションから異音が出るようになった。その頃は私も普通の電車通勤に戻っており、必要なときにはカミさん車を使うことにして、オオゴトにならないうちに処分して次に備えることにした。息子もサラリーマンになって自前で何とかできるようになっていたはずだ。いくつか買取店に持ち込んだが、磯子にあったガリバーの女性店長はそれに気づいたのでやめにして、他のところに買い取らせた。ということで、今までで最も早いくるまとの時代は終りを迎えた。
 これは今まで唯一のフルタイム4駆だったが、真冬にスタッドレス履かせて娘が住んでいた松本まででかけたことがあり、雪の積もった山道を上がったりして「これはすごいや」と思ったりしたこともあったな。そんなことを書いているうちに、あの独特のボクサーエンジンの音がよみがえってきた。

0103インプレッサ2




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