定年後・田舎作って・コメ野菜

房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。穫れた作物は横浜の家の玄関先で販売、最近では配達もやってお客様に喜ばれている。

2009年02月

昔のことを聞いた

 先週のこと、先々代オーナーの友達という方が家の前を散歩で通りかかり、カミサンと色々話をしていたらしい。ポチやブルドッグと働いていた RookieFarmer はあえなかったため、本日雨が降っていることもあって押しかけて挨拶してきた。
 その方は80歳、戦後に入植して樹を切ることから始めたそうだ。先々代オーナとは1歳違いだったようだから、一緒に苦労した仲間だったらしい。色々な苦労があったらしいが、驚いたのは電気がきたのが昭和36年ということ。それまではランプの生活だったわけだ。
 その方は1町歩の田んぼを毎年やっているそうで、何でも教えるからといってくれた。が、どうも変わった生徒だから、あまり教えてもらったとおりはやらないんじゃないかな。しかし、前に同じ区のお宅を挨拶して回ったときも感じたが、優しく受け入れてくれる雰囲気が共通している。開墾から始めた皆さんに比べれば楽なもの、機械も使えるし一応食べることに苦労はしない。が、がんばらなければ。
 

田んぼを作る、別の方法を試す

 今まで上の田んぼ(田んぼ1号と呼ぼう)の均しをやっていたが、今日の雨ではブルドッグ号も働けない。今日は対象を変えて、もっとも平らに近い下の田んぼ(田んぼ4号)に雨で増えた水を入れ、ウルトラポチには代掻き用車輪アタッチメント(潜らない、倒れない)を取り付け、代掻き風にやってみた。
 これはもうドロンコ遊びの世界である。ウルトラポチは健気に働き、潜りも倒れもせずにヒタスラ平らにしようと働いている。が、この方法で高低差をならすのはなかなか大変そうということがわかった。カッパが破れびしょびしょになって昼で上がった。明日天気が回復したら、ブルドッグで高いところの土を低い方に持っていく作業をしなければならないようだ。
 
 

山の水止まる、何とか復旧

 朝起きて敷地内の山の水を見たら、雨が降っているにも関わらずどうも少ない。 水源地に行ってみたら堰から水が漏れていた。溜まっている水はかなり多く、取水口の籠は潜っていて全く見えない。仕方なく最も近い継ぎ手を外し、底さらいを始めた。見えない籠を手で探ってみると、半分くらい泥に埋もれており埋もれていない部分も木くずや落ち葉などが張り付いていたため、手ではがし始めた。ところがしばらくすると、どうしたわけか水が出なくなってしまった。これじゃ、開通前と同じである。

道から水源地
                       水源地はこの奥にある

少ない水
                       流れている水が少ない

 
 一旦家に戻り、前回役に立ったプラスティックの棒を取って現地に戻った。籠の目をようやくくぐる太さの棒で、これを外から突っ込みパイプの出口を突っつくのである。しばらくやっているとパイプの先から勢いのよい水の音がした。ほっとしたところで異変が起きた。ブーツが水の底の土に潜り込み上がらないのである。もがいていると反対の足も潜り始めた。そのうち水が入り始めてしまった。何とか両手と片足で一本ずつ引っこ抜いたが、もうデジカメどころではない。勢いのいい水の写真がないのはそのせいである。雨降りらしい水の流れにはなったが、このシステムは結構メンテに手間がかかる。今回は少し上流を堰き止めて水を溜めるようにして、泥やゴミがそこにも溜まるようにしてみた。取水口の籠の外側にもう一段網を巡らしてもいいかもしれない。また今度までに考えておこう。


潜った取水口
                       取水口の籠はこの泥水の中

2/26 現地の確認

 横浜からアクアラインを通り、木更津東ICまで約50キロ、30分。そこから久留里や養老渓谷経由で会所までは山道を30キロ余、1時間程度。久留里からは時折他の車に出会うが、養老渓谷駅あたりからは8時前でもまるで深夜、鹿でも出るのではないかという道を走る。
 到着後、さっそく敷地内を見回った。 山の水は少なめ、雨が降ったのに少ないのはちょっとおかしい。水源地の堰から漏れていると思われる、明日一番でチェックだ。水路をたどると、下の田んぼの上に造った水路から水が漏れ、下の田んぼに入り込んで吸い込まれている。このあたりはモグラの巣だから、そこの入り込んでいるとみえる。一応、川の方に流れるように溝を掘り直した。
 まだ獲物のない時期で、鹿やイノシシは入った様子がない。一応、鉄条網で補修した柵が効いているようだ。あと、椎茸は結構出ているようだ。ということで、特段の異常はない。

今週末の予定

 土曜日の午後と日曜日に用があり、本日の夜から入植地に入ることにした。ただ天気はすっきりしないようで、ルーリン彗星観測も野良仕事も成果は期待薄。特に水分を含んだ土をかき回すのはあまりよくないかもしれない。しかしもう3月にはいるし、作業を空白にするわけにはいかない。
 ということで、今週末の予定を整理しよう。
 田圃については上の田圃の整備を続けるが、東側部分について底や畦をきちんとして、いったい水が溜まるのかどうかを実験するところまでいきたい。
 畑はカミサンの領分だが、畑については100平米の区画を5つとする事にしているので、その確定をしてジャガイモの植え付けをしてもらおう。
 山については、イワツツジの整理や広葉樹の間引き(ホダ木用)などやることは多いが、刈払い機やチェーンソーなどを使う危険な作業だから、足下次第ということになる。
 予想外に穫れている椎茸だが、先週の作業でしっかりした木を選び出しておいたので、少しだけ買ってある菌を植え付けてみたい。
 山の水については、田んぼエリアを南から北にただ流していたが、前回帰る前に下の田んぼの上段の畦沿いに経路を替え、西の川の方に流れるようにしてみた。下の田んぼエリアはモグラの巣窟で、水の流れは穴の一つに吸い込まれていたが、どうなっているだろう。上の田んぼの仮整備が進めばそこに水を入れてみる。

 ということで、カッパを用意してがんばろう。

ビオトープ

 これについては RookieFarmer の弟に担当になってもらっている。この間の週末にはやってきたが、水の流れをみただけに留まっており、具体化は今後のようだ。まだ内容が固まらないうちにこちらの期待も整理しておこう。
 こちらの田んぼでは常時湛水をしない予定だ。一方で、色々な生物がやってきて暮らすような田んぼにしたいという気持ちもある。だから、今4枚と想定している田んぼのそれぞれについて、干したときに生き物が逃げ込めるような待避所としての機能を持たせて欲しいんだが。

 それ以上は何も条件をつけないのでよろしくやって欲しい。 →弟
 

田圃の構造と今後の進め方

 今現在はブルドッグ君に鞭打って力仕事をやっている状況。それはそれで進める必要はあるが、たいらになったら田んぼになるかというとそうでもない。水がもらない箱を作り、その中に適量の栽培用の土が積もっているという状態にして、初めてイネが育つ田んぼになるわけだ。作業中のの上の田んぼでは、粘土をガンガン削っているのだが、その下に礫層でも出てきたら水は溜まらない。棚田のように細切れでは困るが、ある程度レベルが揃ってきたら、一方から部分的に田んぼを作ってみようと思いはじめた。今来ている山の水も、敷地内を縦断して隣地との境界あたりでモグラの穴に吸い込まれている。まだ水を溜める状況にはなっていない。とりあえず少しずつ完成形を作っておくことが必要そうだ。

SRIー水について

 ふつうの田圃は、苗を植えてからずっと水を張っている。刈り取りが近づくと干すということは、家の屋上田圃の経験から一応知っている。ところがSRI農法では、張ったり干したりを繰り返す。これも在来の常識とは違うところである。空気にさらすことを繰り返すことが根の強化につながり、分けつしたり穂を出したり、実を作る際の底力にしていくらしい。穂がでてからは、さすがに水を張るが、それも浅めにするようだ。
 この辺の水のやり方は、自然農でもよく似ている。稲にとって、常時水の中という状態は必要条件ではないらしい。むしろそうした環境では生きられない雑草を防ぐ意味の方が大きいとどこかに書いてあった。

SRIー乳苗編

 通常の場合、稲の苗は1ヶ月ほど苗床で栽培してそれを移植するらしいが、SRI農法では1週間から10日、遅くとも2週間程度で移植をする。当然苗は頼りないほど小さい。だが、それでも自分の養分を使いきる前に移植して、自力で根をできるだけ大きくさせることが次のステップにつながるらしい。
 だが、そんな出たばかりの芽が草に負けないで育つのか、という疑問は今からある。おまけに移植の際には、縦横とも30cm程度の間隔をあけ、1本ずつ植えていく(通常はもう少し密度を高くして2~4株ずつ)。そんな具合だから他の田圃と比べるととても貧弱に見えるらしい。
 そんな心配に負けずに、稲たちを信じて強く育つことを祈りながら黙々と間の草刈りをするということが必要だそうだ。

6号車追加情報

 6号車にはもう一つのパターンがあることを忘れていた。時折、朝のラッシュ時にもかかわらず跳ね上げしきシートが降りたままになっていることがある。つまり、ふつうに座れるのである。今朝はそういう状況だった。桜木町で下車するつもりで最寄り駅から旧編成の6号車に乗ったら、座席が降りている。車内を見回すと立っている人もいるのだが、ちょうど一人分あいていて、首尾よく座ることができた。
 この電車、前の電車が車両点検ということで桜木町でしばらく停車したが、反対側に折り返しの始発電車が入ってくるタイミングになった。当然注目していたが、近づく音はするのに人は動く様子がない。案の定旧編成だった。
 こういう時に座れたのはラッキーだとつい思いたくなるが、運は他にとっておこう。

腰痛とのビミョーな関係

 何年か前から時々腰痛にやられることがある。 整形外科に行ってレントゲンを撮ってもらったが、「特に異常はないが、インナーマッスルを鍛えなさい」というわけのわからない診断を聞かされただけで、相変わらず時々腰痛に襲われる日が周期的にやってきていた。
 そんな RookieFarmer が農作業に耐えられるかどうかについては、自分も周囲も大いなる疑問をもって注視していた。 入植直前には、高校時代の友人の医者を訪れ、高級だという触れ込みのコルセットや、消炎剤や座薬・膏薬類をたっぷり出してもらうなど、有事への備えも怠らなかった。 
 向こうでは朝からコルセットをぎっちり締めて、作業を始める。それが効いているのか、意識の問題なのか、あるいは注意をしているからか、これまでのところ時折ちくりとある腰の痛みが大事に至ることはない。何とかこのまま、腹筋背筋も強くなって腰痛とおさらばしたいと願っているが、どうだろうね。

稲作への挑戦

 横浜の家ではカミサンが屋上田圃で古代米の栽培をやっていた。あまり手伝うことはなかったが、光と水から米を作る稲の働きの不思議さには、とても感銘を受けた。ほとんど経験のない農的生活を含む田舎暮らしに踏み込んだもっとも大きな理由はそこにある。いろいろな候補の中から、躊躇する材料があったにも関わらず今の家を選んだ理由もそれにつながる。
 購入が決定した暮れ以降、図書館で借りた本などを読みあさり、福岡正信さんの自然農の世界に引かれ、川口由一さんの実際的な自然農の方法にも傾き、さらには不耕起で稲を育てる岩澤信夫さんのやり方にも反応した。ただ、今作っている田圃は傾斜のついた畑をならす必要があり、あるがままでは使えない。表面を削ったり、すべてをかき回して漏れなくしたり、要はかなりいじりまくる必要があって、自然農というキーワードとは整合しづらいのである。今作っている上の田でも、赤茶色の粘土まで削る必要があるくらいだ。自然農といえる環境になるまでには少なくとも3年はかかるだろう。そこで今検討しているのは、SRI農法というものだ。  別資料
 もとはマダガスカルで始まり東南アジアに広がりつつある農法だが、苗としては7~12日程度のごく若い苗を植え、間隔は30センチ程度とし、成長期は間断灌水、穂がでてから浅めの水を入れるというやり方だ。おそらく機械は使えない田植えや草取りの問題はありそうだが、基本はこの方法による予定。実はこの方法、自然農の稲作りと無関係ではない。種子に養分が残っている時期に田圃に植え替えることや間断灌水は、自力で強い根を張らせようというもので、共通点がある。
 自然農もそうだしSRIもそうだが、在来の方法とはまるで違うやり方だ。興味深く観察しているであろうご近所の大先輩たちはさぞかし驚きあきれるに違いない。でも、在来のやり方に囚われる必要がないのは我々の特権でもある。ただしカミサンは、そんな方法は稲の原産地の亜熱帯地方だから成り立つんじゃないの、などといっている。まあ確かにその可能性もあるが、やってみなければわからない。とにかくこの一年、稲たちと楽しく挑戦しようと思っている。

二番目の水

 沢から水を引き込んだことについてはすでに書き込んである。稲についても常時灌水はしない予定だが、とてもそれだけではまかなえない。最終的には川の水の揚水までいくことになるが、次には井戸の水を検討してみる予定。
 井戸は2本あり、うち1本は宅内上水として利用している。これはかなり深いらしい。水質検査は入植時に実施して、飲用水として問題がないことを確認している。もう1本は上からのぞき込んだところではかなり浅く、ポンプはついていて宅内上水につながっているが、使われていない。この浅い井戸に直結した立ち上がり水栓を付け、農業用に使ってみる予定だ。
 一応、水は見えているがどの程度くみ出せるかは不明。
さらにいうと、ポンプが生きているかどうかも確証はないが、まあ、ステップを踏んでいこうと思う。ご近所の話では浅い井戸の方がおいしいということもあるらしいが、それはずっと先に試してみるつもり。少なくとも畑と露天風呂(将来計画)くらいは間に合うはずだ、いや期待しよう。
 なお。この井戸のコンクリート製の蓋には、ちょうどいい大きさの穴があいており、例のガチャポンポンプの取り付けもやってみたいところである。当面の水についてはこんなところだ。

京浜東北(根岸)線6号車を巡る駆け引き(長文)

 RookieFarmerが平日利用する京浜東北(根岸)線では、少し前から車両の入れ替えが始まっている。E233という新しい車両は、骨太な感じでこれまでのシンプルだが仮設ハウスのようにも感じるタイプと比べていろいろなところに違いがある。その詳細は他に譲るが、乗客の立場での大きな差異の一つが6号車だ。
 これまでの6号車は6ドア車両という通勤混雑対応車両で、ドアが多い代わりに座席が少ない(54→30)。おまけに朝のラッシュ時はいすが跳ね上がってしまう。RookieFarmerの乗る区間は東海道線・横須賀線・京浜急行・無理すれば東横線が併走するため、ギュウギュウになることもなく、以前からその存在には疑問があった。ただ同感の人も多そうで、比較的空いていたり、短距離客が多かったりするせいか、座るには穴場だったからあえて乗ることもあったんだが。
 それで、新しい車両では当然のように6号車もふつうの車両になっている。その結果両方の編成が混在する現在、6号車についてはギャンブル性が生じている。60を過ぎたRookieFarmerとしては、座って居眠り(現在はBLOG原稿書き)をすることを目指しており、朝は桜木町始発に乗り換えるのだが、タイミングによって待ち行列の長さが変わってくる。特に端の席を希望すると前の4人に限られてしまうことになる。そこでこの6号車問題が浮上するのである。
 
 桜木町駅では、始発ホームの5両目にとりあえず並ぶ。端権利の4名でなくても仕方ない。折り返し電車の到着を待つ。それが新編成と判明したら6号車エリアに移動する。これで座れないおそれのある場合の回避や端に座りたいという希望を実現できるのである。こういう行動の人はかなり増えていて、遠くにみえた瞬間に新旧を判断して移動する人が何人もいる。こちらも同類だが、判別のために見えやすいところに立っている人もいて、実際には誰か動き始めたらこちらも移動する感じだ。横浜駅から桜木町までの京浜東北(根岸)下り線は、貨物線を乗り越える関係で高くなっており判別しやすいのだが、今朝はそこに電車が顔を出す前に動いた人がいた。推定ではおそらく横浜駅をでたばかりの電車のヘッドライトを確認できる瞬間があるのだと思う。新車両のヘッドライトは、位置が高い上に明るくて青みを帯びた光となっている。背の高いその人はめざとくそれを見つけたのだろう。明日からは、ベンチマークとする人を変えることにしよう。

E-Mobile解約

 1年ちょっと使っていた E-Mobileを 解約することにした。一時期は電車の中でインターネット接続をしたりすることも多く(といってもNEWSをみたり気づいたことを検索する程度)、仕事場での私用に使ったりしていたが、農業に関心が移ってからは実はインターネットへの依存度が低下した。また、週末の居場所が三浦から大多喜に変わり、休日の利用も皆無になった(当然大多喜町では使えない)ことが重なり、やめることにした。一応最低2年という契約だったが、途中でやめる場合の出費も1万円前後と2ヶ月分程度に留まった。そのまえに利用していた willcom に比べ、スピードもそれなりにあり、普段の生活圏では重宝するものだったが、田舎暮らしへの大きなシフトの中で存在理由がなくなってきたものだ。
 なお、解約書類には契約番号を記入する欄があり、はじめて「080-xxxx-xxxx」という番号がつけられていたことを認識した。
 

狩猟免許準備

 先週の木曜日に狩猟免許のテキストが届いた。どこかに書いたが、3/1に猟友会開催の講習会、その次の日曜日に試験が行われる。狩猟読本というテキストはかなりのヴォリュームで、パラパラと見た感じでは、狩猟用あるいは獲ってはいけない鳥や動物についての内容がかなりにのぼる。知らないことばかり。用具についても当然記載があるが、私の今回の場合は「わな」だから内容の量はたいしたことがない。ただ、架設の実技もあるらしいので、講習会でよく習わなければと思う。
 前の週末に北側の柵を鉄条網で少し補修したが、敷地内には鹿と思われる新しい足跡と、古いものかもしれない重量のある動物(イノシシだろう)の足跡を発見した。夜や朝未きの暗闇では、ライトを照らして田圃の様子を見てみたりするが、現物にはまだ遭遇していない。

氷点下

 房総半島南部にあって、海まで山一つ10キロという会所だが、朝夕は結構冷え込む。おそらく山の中で湿度も高いのだろうが、車はこの通り。畑には霜柱。明るくなったばかりの早朝に作業をやっていると。足の指先が痛む。

氷点下の車


 日曜日は特に寒かったようなのだが、起きて歯を磨いていると風呂場で機械音がしていた。井戸ポンプでも壊れたのかと思ったが、水を出しているとふつうのポンプの音がして問題なし。どうやら灯油ボイラーらしいということがわかった。初めて聞こえたので様子を見ようと、そのままにして農作業を始め、結局横浜の家に戻ってきてしまった。
 インターネットで取扱説明書を探してよんでみたら、どうやら凍結防止機能が動いていたようだ。風呂の水を循環させて断続運転するので、水を少し入れておくように、との注意書きがあった。ちょっと異音に近い感じだったが、どうやら空回りしていたためのようである。壊れることはないと思うが、あまり冷え込まないでほしいものだ。

 そんな状態だから、20キロのジャガイモ植え付けは先送りとなった。

慣れない仕事

 珍しく体が痛い。ブルドッグ(特命運搬車)も大変だが、使う方も結構あわただしく動かねばならない。短い周期で前進後進を繰り返して土を寄せるのだが、こちらも前後進してクラッチとギアを入れ替えるという動作の連続で、土に負けそうになると押したり引いたりが必要になってくる。普段体を動かさないことがこの痛みで露見する。
 もう一つ痛むのが指先である。特に痛む右の人差し指をみたら、赤い小さな傷ができていたが、これはどうやらあかぎれではないかと思う。こういうものもできたことはなかったんじゃないかな。でもまあ、メタボのおなかのように膨らんでいた(上の)田圃予定地が平らになっていくのはとても嬉しく、痛みなどはあまり気にはならない。

田圃のレベル出し

 現在は、4枚の田圃のうちで最もレベル差が少ない1番上の田圃を整備しているところ。粗均しの途中であるが、そろそろ目安が必要ということでレベルを使って基準高さを出して水糸を張ってみた。例によってアシスタントは隣の坊やである。レベル出し


レベル出し2

水糸を張った後の写真は撮っていなかった。

 15歩間隔で棒を刺してくれと頼んだが、予想よりは間隔が詰まったものになった。高低差は約40センチ程度。さっそく土の移動の見当として使い始めた。ただ、仕事に追われていたせいもあって、水糸を張っただけで紙に記録するのを割愛してしまった。害獣が飛び込んで走り回ったら、棒も糸もめちゃくちゃになってしまう。そのこと自体は心配だが、敷地周囲に糸を張り巡らせば、いったいどこから敵が入り込んだかの見当もつくことに気づいた。そろそろ植え付けも始まる。害獣対策も準備が必要だ。
 

ブルドッグ(特命運搬車)の変身

 昨日書き込んだように、運搬車は合板のアタッチメントをくくりつけられて働いていた。いつも手伝ってくれる隣の坊やは、ついにブルドッグという名前をつけた。耕耘機のポチの連想かもしれないが、ブルドーザーのような仕事をしているわけだから、なかなか絶妙な名前だ。
 ところで、今日の昼にはアタッチメントを作り直してみた。それまでは真っ正面から押すタイプだったんだが、斜めの板を先頭につけて前の土を横に排除するタイプにしてみた。これもなかなかうまく機能しており、生産性は確実に上がった。
 だが、もうちょっとだな、次回の週末には植えの田んぼのレベル調整は一段落し、その次からは畦の構築に入れるのではないかな。


働くブルドッグ

 これ以上土がたまると立ち往生してしまう。その結果残った土の山は始末に困るものになるので、ウルトラポチによる耕耘を浅めにするほうがよさそうだ。

変身後のブルドッグ

椎茸ホダ木の引越し

 これは予定通り進んだ。運搬車はこの仕事でも大活躍である。

ホダ木の引っ越し

これは結構大変な機械だと思う。

田圃の準備、進行中

 なかなか予定や期待通りには行かないものだが、運搬機に地均しをさせようという試みはまあまあうまくいった。下の写真のように、合板を針金で結んでつぎはぎしたようなモノだが、そのアバウトさが成功の秘訣らしい。

スペシャル運搬車



 ウルトラぽちに耕耘させて柔らかくなった土を運搬車+αで寄せていく。一回寄せただけでこの程度だから、あと1回か2回繰り返せば適当なレベルには収まりそうだ。

造成中の田圃

 
 予定の中でうまくいかなかったのは、竹を切って杭を作る目論見であった。時間がないのである。仕方ないので、明日は畑用の棒をさしてレベル測量をすることにした。一番上の田圃はかなりきちんとするのではないだろうか。水が貯まるかどうかはまだ先だ。
 

今週末の作業

今みえている今週末の作業は次の通り

圃場整備 → 運搬機アタッチメント作成・測量・整備作業
畑整備   → 各ユニット確定・耕運・ジャガイモ植え付け
山     → ススキ刈り・イワツツジ伐採・果樹植え込み
椎茸栽培 → ホダ木移動
竹藪    → 伐採・測量用の竹グイ作成

新着機材として、丸鋸・チェーンソー(修理戻り)

かなり盛りだくさんな内容である。このため前日(本日金曜日)夜から乗り込み、夜なべで運搬機をブルドーザーに変えるアタッチメントを作ることにした。今回は私の母親が同行、ビオトープ担当の弟も参加予定である。

営農上の検討事項の見直し

 農家的生活が動きはじめて3週間だが、密度が高いこともあってかなり様子も見えてきたと思う。ただ、具体的なこと、たとえば田畑の区分や作付け品目などについては煮詰まっていない。このあたりは輪作をにらんだ先行きの計画にも関わるし、たとえば今、ジャガイモをどこにどのくらい植えるかという具体的な課題にも関係している。
 まずは大きなレイアウトだが、田圃については3枚の予定を4枚に変えたが、基本的にはこれ以上細かく分ける考えはない。変更があるとすれば、レベルの関係で畦の位置を変更する必要のある場合の1枚ごとの変更にとどまる。どちらかというと畑の方を固めていく必要がある。
 ということで、100平米のユニットをエリアAに1枚、Bに2枚、Cに3枚作ることにして、輪作を考えていくことにした。次の週末の仕事もかなり詰まってきたが、この計画に合わせて耕耘し直すことも実施項目の一つ。

 もう一つは作付けのローテーションを考えなければいけない。播種から収穫までの時期が重ならないことは当然の条件だが、連作回避のためにユニットごとに1年で移していくというルールも考えようとすると、なかなかややこしい。わずか1年しか実践できなかったが、借りていた市民農園(45平米)も6ユニットに分けていたので、それも参考にしてみよう。
 結果として、6つのユニットをどのように切り盛りしていくかといういわゆるローテーションを考えれば良さそうだ。その中にトウモロコシ・豆類・麦を混ぜていくことにしよう。

農業用機械の現況整理

 すでに書き込んではいるが、納屋に残されていたもののうちで一応使えるようになったのは、ヤンマー農機の耕運機UPー2H(ウルトラポチ)と、コンマ製作所(山形県鶴岡市)のオートキャリアの2台である。とにかく耕すことと運ぶことはできる状態になった。どちらも10年近く納屋の片隅に放置されていたからよくぞ動いたという感じだが、4サイクルOHVなのに3000rpmも回っていないのではないかというエンジンは、頑健なんだろうと思う。ドロドロのオイルが入っていたが平気でエンジンもかかった。(もちろん交換したが)
 ほかの機械は、ヤンマーのディーゼル耕運機、田植え機、バインダー(刈り取り機)、ハーベスター(脱穀と籾スリ)と、米をやるための機械は一通りそろっているが、かなり痛んでいることや、田植え機などはやろうとしている農法と食い違っているため、使わない可能性も高い。不要なものは処分し、要るものに入れ替えていく必要がある。

手荒れ進行中

 今まで手の皮膚が弱いなどと思ったこともなかったが、このところ荒れ始めている。 皮膚がざらざらだし、爪の横の部分などすっかり角質化している。土やガソリン・オイル類に常時まみれているからだろう。革手袋も新しいうちは手が白くなるほど内側には粉がついており、これなども原因ではないかと疑っている。一年も続けると相当に手の人相が変わるに違いない。

元祖シンボルツリー

双子杉

 これは家の門のあたりから麻綿原に向かう道を撮ったもの。右側向こうの小山にちょっと高い樹木が見える。これは杉だが実は双子のように二本が仲良く立っている。午後の遅い時間に撮ったらしいGoogleEarthの画像でも影が長く伸びていて、本当は日当たりの面で問題もあるんだが、すらりと高くてなかなかよい。元祖シンボルツリーとして「小山の双子杉」と名付けることにしよう。家の目印としても役に立つだろう。

 なお、敷地内に引いている水は、この道路の左側に続く山のちょうど正面あたりにある沢から来ている。途中のどこかで道路の下をくぐっているわけだ。

田んぼの均平作業

 いろいろ考えてはいるが、それぞれに問題点がある中で、運搬車の荷台に板を取り付けて土を押せないかというアイデアが生まれつつある。月曜日の出発前に気づいてあわただしく写真や採寸をしたが、ただ押すのではなく斜めの板で片側に押しつける方法が有効に思える。
 本日ホームセンターにカミサンが行くので、板を切ってもらうよう頼んでおいた。ねじ釘を含む金物類は納屋に行けば見つかるので、次の土曜日はこれの作業からスタートとなる見込み。

イワツツジの整理

 先々代さんの残しているものは多いが、その一つにイワツツジがある。キヨスミミツバツツジといわれているようだが、今は葉も落ちてしまっていて、かなりでている花芽のみが期待を持たせている。かなりきれいらしい。
 私は買わなかったが、道の反対側の山の上に広がる畑には、このイワツツジが一面に植えられているらしく、今から期待しているのだが、こちらの敷地にも同じオーナーさんがかなりの数のそれを植えている。きっと代が代わった後の約10年間で大きくなったんだろうが、家の周りと山の斜面ともかなり密度が濃く、枝に緑の薄皮が張るような病気も発生している。
 山の方では、とりあえずイワツツジをよけてススキを刈り払ったが、とてもではないが果樹を植える余地はない。田圃作りと時間の取り合いだが、次の週末にはある程度イワツツジの整理に取りかからないといけないだろう。

田圃を作る(やり方検討編)

 とりあえず田圃にする予定の3反歩のエリアをウルトラポチで耕運した。次いで比較的レベルの高い部分を深めに耕運してみた。その土を低い方に持っていこうという考えだ。だが、納屋にあったシロカキ用のトンボなどでは、到底必要量を動かせない。運搬車を引き入れそれにスコップで積み込んで持っていっておろすという方法にもチャレンジしたが、すぐに手が痛み始めた。
 これではらちがあかないと、農機具屋さんに電話をかけてユン簿の中古を探してくれと頼んだが、人気商品だからあてにするなという返事。別案でレンタルを考えようとしてHPをあたってみたが、どうやら2日間程度の講習が必要らしい。春前の大事な時期に、すでに狩猟免許で2日間はとられるし、これ以上の時間的余裕は難しそうだ。
 最後の手段はどこかに依頼することだが、その前に何とか自身でやってみようと、運搬車を小改造して土を押せるようにできないか考え中である。まあ、水平に均したところで終わりではなく、畦を塗って横からの漏水や崩壊を防ぎ、代掻きをやってそこからの漏れを防ぎながら細かい土を表面に退席させるという作業が続くらしい。今年の時期までに4枚を全て仕上げるのは無理かもしれないと思いつつ、離れていてもあれこれ考えている。

鹿の道

 ススキの原になっている隣の休耕田をのぞくと、縦横に踏みならされた道が走っている。おそらく鹿の散策路に違いない。縦横といったが、こちらの敷地に向かう道もあって、そこは柵が壊れていたり隙間ができていたりするところになっている。結果的に、当方の敷地内にはこんな残留物も残っている。そろそろジャガイモを植える時期が近づいてきたし、納屋の奥に残されていた「鉄条網(有刺鉄線)」の巻きを持ち出して柵の補修をしてみた。
 鉄条網を自分で取り扱った記憶はないが、これほどやっかいなものはない。まずほどくのが大変だ。棘同士が絡まって線を出せないことがある。長さを測ろうと思っても巻いてあった線はコイル状になっており、伸ばそうと思って引っ張ったりすると手痛いしっぺ返しを食う危険性がある。
 皮手袋というのは大体便利なものだが、鉄条網の取り扱いについてはひときわ役に立つ。と思いながらせっせと柵に鉄条網を張る作業をやってみた。近所の先生の意見では、一度鹿の道ができてしまうとどんなことをやっても通行権を確保しようとするらしいが、どうだろう。次回の楽しみの一つである。


鹿道1

破れかけた柵の向こうには

鹿道2

奴らの散歩道がある

苦労して張った鉄条網

鉄条網

会所看板

 最初にきてからこの道路標識が気になっていた。すむ人は決して多くはないのになぜ「会所」なのかと思ったが、実際にきて住み始めてみると、この2文字が作るほっとするような感じがしっくりするのである。当然往復ともこの看板と反対側の看板をみるのだが、やはりほっとする。というわけで、プロフィールの写真は決定した。


会所看板

ふきのとう

 畑予定地3区画のうちの一つにふきのとうがでている。先週もカミサンがとっていたが、今度の週末は暖かかったこともあってかなりいっぱいでていたらしい。それに、椎茸も大豊作。農作業を始める前からこういう収穫があるのはうれしい。
 実はそのほかにもご近所からのいただきものがある。肉食動物の私にはきついところもあるが、この調子だと食べるのには困らない感じだ。肉食動物にはイノシシがあり鹿があるともいえるが、狩猟免許を取っても獲物がとれたらどうしようという問題は解決をみてはいない。

ふきのとう

3日間の進展(田舎暮らし一直線)

 3/8に開催される狩猟免許試験の申込は、千葉県に出向いてしなければならないため、2/16(月)は仕事を休んで大多喜町中心部にある夷隅合同庁舎に出かけた。通常であれば、ついでにホームセンターなどいろいろなところによるのだが、山積みの仕事が呼んでいるということでトンボ帰りをしたのだった。
 ということで、今回はほぼ3日間の農業生活だった。土曜日の耕運機の修理完了から始まったのだが、そのパワーはたいしたもので、40アールの農地の大半を少なくとも一度は耕運してしまったし、そのうち多くを占める田圃予定エリアはさらに深く耕すというようなこともやってみた。それ以外に別項で触れた水を引く工事や近所の人たちとの交流などが混じる。
 幸い3日とも暖かい陽気に恵まれたし、自分自身にもやる気があったので起きるのは5時、フルに働き疲れはてて眠るのは9時という毎日で、なんだか充実しているなあと感じた。昨日は横浜の家についたのが8時、ご飯を食べて風呂に入ったりしていると睡魔がおそってきて、BLOGに書くどころではなく眠りについた。これからの休日はこういうパターンになるだろう。


4枚田450

田圃になるだろうか

 今朝は5時に目が覚めた。近所といっても100m位は離れているが、迷惑にならぬようなるべくゆっくり支度して6時半頃から耕耘機に乗り始めた。でも早すぎたかもしれない。ウルトラポチ(耕耘機)は、残念ながら快調ではなく、プラグがかぶり気味で暖機運転に時間が必要だ。まあ、どんどん使えば次第に調子は出てくるが、プラグ交換とキャブレタークリーナーをやらねば。
 今日はあさから田圃予定エリアの耕耘を始めた。大まかには畦道の位置は決めていたのだが、耕耘を始めるとレベル差の大きいところが目立つ。田植えや刈り取りのことも考えて直線的な畦にしようと思っていたのだが、レベルに合わせて曲げたり、3枚の田圃を4枚に変えたりしてみた。
 そのうちに山の水の仕事が入って中断。水がきた後は、もっともレベル差が小さく、以前は水持ちも一番よかったらしい一番下の田圃に水を張り始めた。ただ、水量もたいしたことなく、田(予定)もざるのように吸い込む状態なので、果たして水がたまるのかどうか。来週が楽しみである。

田圃の予定1


田圃作り2

山の水がきた

 昨日お隣で興味深い話を聞いた。田圃をやっていた先々代のオーナーさんは、山から水を引いていたというものである。町道の反対側の山のわき水で、道を舗装するときにもその下をくぐる配管もやってあるらしい。いつも手伝ってくれているその家の息子さんが知っているというので、今日教えてもらうことになっていた。

水源地のようす


 今朝になってさっそくいってみた。水源地は家の前の道路から沢をちょっと入ったところである。倒木やら木の枝が折り重なる沢を登っていくと昔は土嚢だったらしきものが積んであった。おそらく10年くらいたっているのだろう。写真は取り忘れたが、パイプの先にはゴミよけのかごがついていたのだが、すっかり泥に埋まっており、かごの中も泥が詰まっていた。その後も塩ビパイプや家の中のゴムパイプのあちこちで水漏れが始まり、そう簡単には水は出てきてくれなかった。

途中の沢


 午前中いっぱいあれこれやってみて、どうにか家の中(田圃予定地エリア)に水が流れ出した。それにしても、隣の坊やはたいしたものである。ほとんど彼の働きであった。私などは道具などを取りに行くアシスタントのようなものだった。ちょっと水量は少なめだが、水がやってきたのはとてもうれしい。

ついに出た山の水

仔牛の誕生

 隣のお宅は酪農家である。家の昔の状態(特に田圃)を聞くために訪れたら、ちょうど仔牛が生まれたところに遭遇した。
 
仔牛誕生
 
 
 なんだか話を聞けるような状態ではなかったが、それでも時間を割いてくれてかなり有益な情報を聞くことができた。その内容は明日確認しながら別の項目で整理することにしよう。ここのお宅では、49頭の牛を飼っていると聞いていたが、これで50頭ということになるわけだ。大変に忙しい仕事のようで、お子さんたちも総出で手伝っているらしい。先週は絞りたての牛乳をいただいたが、とても美味かった。
 
牛たち

農機具復活

 横から吹く春一番の残りの風を受けながらアクアラインを渡り、大多喜の家にやってきた。今日も1時間半、到着は9時ちょうどくらい。しばらくすると10時の約束の農機具屋さんがずいぶん早めに到着した。今日は一番期待している耕耘機のタイヤを持ってきてくれることになっていたのである。バッテリは自分で交換し、エンジンはかけてみていたからタイヤを取り付けてもらって納屋の外に出した。8年間ほど暗い納屋の中に閉じこもっていた割には結構元気だった。
 
箱入り息子

 
 農機具屋さんはさすがに冷静で、ベルトを見てみましょうといいながらカバーを開けた。3本あるベルトのうち2本はやはりかなりへたっている。この耕耘機は不思議な仕掛けになっていて、ベルトが切れるとその場で停止するらしい。今頃のような時間に余裕のあるときに交換する方がお互いにいいらしいが、なるほどである。あまり整備性は考えられていないようで、プロでも3本のベルト交換には時間がかかる。その間にオイル交換は自分でやってみた。
 
農機具屋さん2

 
 
 次はいよいよ働く番である。先々代のオーナーさんが残してくれた取扱説明書には目を通していたから、農機具屋さんの簡単な説明で様子はわかった。とりあえず耕耘機(ウルトラポチという名前)はそのくらいにして、もう一つの気がかりである運搬車を見てもらうように頼んだ。
 
運搬機1
 
 
 この運搬機は、推定30歳前後。箱にエンジンが付きクローラ(キャタピラ)により動く仕掛けである。まあ、簡単に言えばエンジン付き一輪車のようなものだ。見た目はかなりくたびれており、あまり期待はできないと思っていたが、プラグコードを外してスターターを引っ張った農機具屋さんが火花が出ていることを確認したので、俄然可能性が出てきた。ガソリンを入れチョークを引き何度かスターターを引っ張ると、何とかエンジンは回り出した。
 
 
 
 耕耘機と運搬機が動いたことで、ずいぶん見通しが立ってきた。耕耘機では、早速二枚の畑を耕してみた。これで、とりあえずのジャガイモは植えられそうだ。それにしてもわずか2時間ほどで200坪くらいを耕せたが、便利な機械である。そのあと、山で刈り取ったススキを運搬車で運んでみたが、これも便利である。いい加減に山積みして縄で縛って運んだのだが、よく働く機械である。山にも通路を作り、堆肥を運んだり色々働くはずである。

働く運搬機


 傍らに立つのは隣の酪農家の息子さん、引っ越ししてからいつもきて手伝ってくれる。酪農は大変な仕事のようで、自分の家の手伝いを終わらせてからきてくれよ、といっている。でも、素人の我々よりよっぽど詳しく、とてもありがたい。

シンボルツリー その2

 「シンボルツリー」のあとも、色々考えたり見聞きしていたが、早く大きくなり巨大に育つというかなり単純な理由でメタセコイアにたどり着き、オークションで種を買ってみた。

メタセコイア(種子)

 変種の松ぼっくりのようなゆりかごから透明袋に入っている種子が出てくる。吹けば飛ぶような種子はかなり頼りないものだが、発芽率も低いらしい。

 100円ショップで買った吸水性のゲルボールの上に蒔いてみた。こんな寒い時期だからどうかなと思っていたが、ご覧のとおり無事発芽した。

発芽したメタセコイア

 緑色の小さな蛇のように見えるのが新芽である。ぐんぐん伸びて20年くらい経過すると、30mくらいの大木に成長するようだから、植える場所は慎重に考える必要がある。秋には葉だけでなく茎のような部分も落ちるようだから、そのことも考慮する必要がありそうだ。


近所(横浜)の学校のメタセコイア


これは横浜の家の近所、中学校に植えられているメタセコイア、落葉している3本がそれ。この学校は平成5年開校ということだから、まだ20年もたっていないが、すくすくと育っている。向こうの木は、山(本牧山頂公園)の上に植わっているもの。

再びアクアライン

 週末に通い始めてみると、どこにも寄らなければ横浜市中区から大多喜町会所までは1時間半である。これまで週末を過ごしていた三浦半島南部までが1時間10分程度(下道利用)であったことから考えると結構近い。年に何回か出かけていた松本市内までは4時間もかかっていたから、1時間半は週末住宅としては決して遠くないといってもいいだろう。 全くアクアラインはありがたいが、半額になる通勤時間帯を使うという前提で、大多喜での作業をできるだけ片付けようとすると、基本的には山間を抜ける道を辿るので買い物をする店が少ない。一度向こうの家に入り込んでしまうと、もう買い物も厄介で時間がもったいなくなるので、何でもなしで済まそうという「今までには考えたこともなかった」習慣がつきそうで、これは画期的なことではないかと思っている。
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田圃の準備

 農家の仕事はどうやら土木工事と縁がありそう、と思ったことからオークションでレベルを購入してみた。

オークションで買った中古のオートレベル


草刈りの合間を縫って田圃予定地のレベルを測り、畦の位置を仮決めしてみた。詳細なレベル測定は今週末に行うが、元の田圃時代とは相当な差があるようで、耕耘機で田圃を作る前に大幅な土の異動などによる準備が必要とみられた。一方で水の手当て(川からの揚水)も行うが、ちょっとというよりはかなりの難問のようである。


測量中

携帯がつながりそう

 近所にFOMAのアンテナが立つという噂を聞き、DoCoMoのHPで確認したところそれは真実で、今年の7月までのサービス開始予定エリアになっていた。ただし私の家はぎりぎりで入っているという感じ。まあ、安全側のエリア線引きだろうから使えるだろう。「携帯がつながらないエリア」ということでよっぽど僻地だろうと思われていたと思うが、少し印象は変わるに違いない。
 

 

引っ越し費用

 冷蔵庫・洗濯機などの基本家財は三浦半島津久井浜の海沿いのマンションの自宅から運んだ。特に親しい運送屋もいないし、まずはインターネットで見積依頼をしてみた。すぐに連絡があったのは「ありさんマークの引越し社」で、金額はいわないがうかがって見積をしたいという申し出、とりあえず予定を決めた。全体8社のうち金額を出してきたのは4社程度、金額には約2倍程度のばらつきがあったが、最も安い「ファミリア引越しサービス」という戸塚区の会社にはこちらから連絡を入れて見積日時を決めた。
 同じ日に2社が来ることになったが、最初は最安値の会社。一通りみて出してきた値段は最初の価格よりは少し上がった程度。もう一社来るからということで結論は出さず一応帰ってもらった。続いてはTV広告も相当やっている大手業者さんの番だ。前の業者さんと同様、荷物のチェックなどを済ませ出てきた見積金額は何と3倍以上。これは話にならないとお帰りいただこうとしたが、それが帰らない。何とか競争相手の金額について見当をつけ、携帯電話で会社と相談して出してきた金額は前の業者の1割増しくらい。いっぺんにそれだけ下げてくるのもひどい話だが、それでもまだ帰らない。聞いてみると、上司の許可がないと帰れないということらしい。携帯で何度も連絡をとるが、そのたびに上司から「高速料金が別じゃないか」「全部ではなく除外品があるんじゃないか」などの質問が出て、それがこちらに確認事項として回ってくる。
 帰れないのもかわいそうだが、こちらもラチがあかない。あまり品はよくないが、別業者の見積を見せて、これより安くなけりゃ話にもならないんだよと伝えたら、ようやく上司も折れたようでセールス担当者は帰っていった。まあ、あの仕事を取るまで帰らないという姿勢はすごいと感じたが、最初の金額と二回目の落差も相当なものである。引越しの際には色々交渉してみることが必要だ。
 
届いた荷物 ぎゅうぎゅうに詰まっている

シイタケの収穫

 私自身はシイタケを嫌いなんだが、一応計画の中では林の中にキノコ用の場所を考えている。敷地内には3カ所のホダ木置き場が元々あり、ホダ木は相当古そうだったために気にもしていなかったが、先週カミサンがそれを覗いていて素っ頓狂な声を上げた。シイタケができていたのである。時季外れではあったが、それでもかなりの量を採り、大きめのものはこのように干していたが、これも有望な産物かもしれない。

今のホダ木置き場


 ただ、キノコ用のスペースは林の中に作る予定であり、初夏から秋までは蛭との戦いになる可能性がある。ナメクジに似ているとはいっても奴らはシイタケは食べないと思うが、取りに行く我々が餌食になることは十分に考えられるところだ。

思いがけない収穫

最初の作業

 耕耘機が使えない状態だったため、最初の作業は山の草を刈って果樹を植える準備をすることだった。といっても、道具の問題がある。一応先々代からの農機の中に刈払い機は2台あり、それを何とか動かそうと試みたが、どうにも動かない。応援に来た弟にもやってもらったがそれでも動かない。とうとう鴨川のカインズホームまで出かけて買ってきた。
 
 山は針葉樹(杉林)と広葉樹(雑木林)と、今回開こうとしているイワツツジのエリアに分かれているが、最後のそれはこのような感じ。かなりの密度で植わったイワツツジの間をススキが埋めている。ススキは直径20~30センチの株になっており、一応根に近いところで切るのだが、地下部分には根っこが縦横に走っており、それこそ根絶はかなり難しいという話だ。比較的安全といわれている除草剤があるらしく、田や畑とは離れていることから、いざとなったら使わざるを得ない可能性がある。
 刈払い機という機械、かなりパワフルな機械で、刈ること自体は正味二日もかからずに終わりそうだが、そのあとの除草剤塗布(筆で塗ったりするようだ)が大変ではないかと思う。

うちの山はススキだらけ1

うちの山はススキだらけ その2

どっちを向いてもこんなもの。その後随分刈ったが、地下には根っこがはびこっているらしい。

インターネットがつながった

 乗り込む前から気になっていたことの一つに、果たしてインターネットがつながるかというものがあった。そのあたりは「インターネットは微妙」で触れた。
 最初の日は基本的に掃除の日だったが、その合間を縫ってモデムやルーターなどの機材を取り付けた。一段落して設定をしながらつないでみると、あっけないほど無事にインターネットがつながった。速さは1.5Mbpsだから、ADSLの走りの頃を基準にすれば立派なものである。大容量のデータをDLするような場合は気になるかもしれないが、通常のHPの閲覧やメールチェックなどでは全く問題がない。
 カミサンは、「せっかくこういう環境で農業をやろうというんだから、ここではインターネットをやめたら」というのだが、経験のないことを始めようというときに強い味方がいるわけで、まずはほっと一安心というところだった。
 

耕耘機の状態

 ヤンマーのUP-2Hという小型乗用耕耘機があることは事前に確認していたので、それの状態チェックも最初の仕事の一つだった。先代所有者さんは使っていなかったらしく、7~8年間もの間納屋に入れられていたから、全体はかなりのホコリに覆われていた。ぬぐってみると真新しいボディが姿を現すのであまり使われていなかったようだが、詳細にみるとバッテリはカラカラ、ガソリンタンクやキャブまでの経路も乾燥している。更にフロントのタイヤはぺちゃんこでひび割れている状態。ちゃんと残っていた取扱説明書などから、購入店が判明したので声をかけ、とりあえずタイヤは持ち帰ってもらい、あとはその後ということになった。

UP-2H.jpg


 しかし使えるかどうかは主要な関心事であり、それによって色々計画が変わってくる。そのため、農機具点へのバッテリ交換依頼をキャンセルして自分で買ってきて取り付けてみた。キャブまでは一応ガスが入り、かなり長いクランクをしてみたら、咳き込むようにエンジンがかかった。オイル交換もまだだったから直に止めたが、とりあえずの畑や田圃作りにはこれが役立ちそうだ。長期的には自然農法によるつもりだから、だんだん出番は減っていくはずだが。


耕耘機(座席)
 

大多喜町会所の歴史的成り立ち

 挨拶回りをする中で、何件かのお宅から昔の成り立ちを聞いた。このあたりは、終戦後(戦時中という話もある)に開墾地として開かれ、現在の皆さんの先代あるいはその前の方々が入植されたらしい。山間の(おそらく2町歩/戸程度)土地を開くのは容易ではなかったはずで大変な苦労をされたと思うが、その中で家族のような付き合いができていたんだろうと推測された。
 私の家の先々代の持ち主はそうした由来の方だったようだ。納屋に入って色々みてみると、農業機械も含め欲しいと思うものは大抵揃っている。ほこりだらけだがきちんと整理されていた様子が見て取れる。一度お目にかかってみたいものだと考えたが、8年ほど前に息子さんの家に移られたあと、数年前に亡くなられたらしい。残念なことである。
 最寄りの駅から10キロ、最も近い商店やコンビニも同じくらい離れているのにバスもない、というこのエリアでは年配の方はとても住みづらい。来てみると自然環境も人の和も素晴らしいと思うのだが、何とかそういったものを存続させる方法はないのだろうか、と感じさせられた。
 

ご近所への挨拶

 購入を決めてから実際に入居するまでは2ヶ月弱、楽しみながらあれこれシミュレーションを重ねたこともあって随分長く感じたが、1月30日に初めて(正式に)乗り込んだ。ステーションワゴン1台分の手回り品を持ってのとりあえずの入居であり、1週間後の家財の搬入前に掃除などの準備をしておこうというものだった。
 やることはいろいろあるのだが、とても重要と考えていたものにご近所への挨拶があった。このエリアでは「区」という一つのまとまりがあるようで、私の家の2軒前から約1.5キロの間に所属10数軒の家が散在している。家内での最初の一仕事を終えたあと順次回り始めた。
 実は1週間前にも来ていて、「樅の木庵」という地域の人たちが自主運営している蕎麦屋(蕎麦打ち教室併設)に顔を出していたから、ある程度は情報も伝わっていたようだが、突然の乱入者である我々に対し何となく暖かく受け入れてもらえそうな感じであった。どちらのお宅でも、上がり込んで話し出したら終わりがないくらいになりそうな印象だった。こちらとしても聞きたいことは山ほどあるが、やるべきこともまた限りないので、残念ながら玄関先で失礼せざるを得なかったのである。
 
 やはり高齢化は進んでいるが、特におばあちゃんたちは元気である。相互に離れてはいるが、ヨソのお宅の様子などもよくわかっていて、なんだか集落全体が大きな家族のような感じだった。新米の我々のこともウォッチされているようで、「さっき草刈りしていたね」なんていわれて、私が真新しい草刈り期で山の草を刈っていたことも認識されていたくらいだ。全てのお宅で、素人農業をやると宣言したから、一体全体本当にできるの? と皆さんから注目を受けるであろうことは間違いがない。

田舎予定地の概要

 前のBLOGの再掲と重なってくるだろうけれど、これから田舎に仕上げ農業をやっていく場所そのものを紹介しておこう。

 そこは房総半島の中央部の南側に位置する。分水嶺をくぐるトンネルを抜け10キロ弱南に行くとそこは海だが、こちらの田舎予定地はそんなことを全く感じさせないほど山奥である。広さは、昔の単位で一町歩、うち半分弱が原野という地目となっている山と川付の土地。残りは畑と宅地。畑のうちかなりのエリアは昔田圃だったようだ。
 不動産仲介業者の説明によると、「浮き世を離れた仙人のような生活をしたい方にお薦め」と書いてあるが、ほぼその通りかもしれない。携帯はつながらず、害獣(イノシシ・鹿・山蛭など)が出没する、最寄りの駅まで10キロ弱、最も近い店までも10キロなどと、真剣に検討すると尻込みしてしまうような言葉が並ぶ。
 ただ、色々田舎暮らし用の不動産をみてきたが、これほど広い敷地の物件は例がない。まあ、広ければいいというものではない、徐々に紹介いていくことになるが、色々考えていくと潜在的なポテンシャルというか、やってみたいことの多さはきっと他とは比べものにならないくらいではないかと思う。
 現状は、畑は草原だし山は林の状態だが、これまでの調査や検討の結果で目標というか当面の利用計画は決まりつつある。それは次のようなものである。
 
e0d56e1b.jpg


 
 ABCは畑、Dは田んぼ、Fは果樹園、Gはキノコ栽培用地とかなり盛りだくさんである。実際には1月末に入植したものだから、春から始まる今シーズンに向けて、やること山積み状態といったところだ。

 ところで、現在と昭和49年当時の田んぼがあった頃の航空写真を並べてみる。この2枚の上半分、現在はほぼ草原だが、それを上の図のようにしていくのが当面のミッションだ。


敷地今昔
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