定年後・田舎作って・コメ野菜

房総半島大多喜町に山と耕作可能地が揃った素材を購入し、2009年初めから畑と田んぼを作り、半田舎暮らしとほとんど経験がなかった農業を始めた。2010年には農業従事者として認められ、農地も自己所有となる。更にご近所の畑を借り、規模を拡大して農家の仕事にあたっている。コメも野菜もやっており、週末農業の限界も感じていたが、2011年末に40年続けたサラリーマンを辞め、専業農家に脱皮した。穫れた作物は横浜の家の玄関先で販売、配達もやっていたが、古希を迎えたこともあり、2019年春に毎週の直売をやめた。不定期の直売と宅配便利用のコメやイモ類の販売に移行している。

2010年11月

ドングリについて

 先週末だったか、水源地に行く町道の端にドングリが落ちていた。まだ心の中では盛り上がっていなかったのでそのまま見過ごしたが、こうなるとそうはいかない。水源地の山は杉林ではないから広葉樹がいろいろ揃っており、イノシシに食べられていなければドングリもたくさんあるんじゃないかな。
 今週末は、狩猟期ということもあって用心しながらだが、ドングリ拾いにいくつもりだ。しかし、樹木の見分け方もろくに知らないのにドングリの区分はできないから、「ドングリ図鑑」というページを見つけて印刷した。こえは、ドングリとハカマの形状だけでなく、親の樹の幹や葉の形も写真で収録されていて便利そうだ。しかし、これでみていると先週末にヤマツツジ林の中で切り倒したのは、どうやらシラカシだったようだ。3mほどもあったが、移植すればよかったかもしれないが、今言っても仕方のない話。

冬の作業をもう一度整理する

 急速に山の仕事に傾斜している嫌いがあるので、ここでもう一度全体を眺めてほかの重要な仕事があるかどうかを確認しておこう。
 まず稲に関係したことだが、今年に比べてもっとも大きな変化は冬季湛水に続いて不耕起栽培に取り組もうとしているところだ。これまでの調べでは一旦穴をあけてその中に苗を落とすような形を取る必要がありそうで、穴あけ機のベースになる中古管理機葉手に入ったが、改造の計画が進んでいない。これは重要度大である。
 次は、隣接する休耕田の草刈りだ。ほとんど獲物もないのにイノシシは相変わらず入ってきている。何度ふさいでもトタンがめくれている。この悪循環を断ち切るためには隠れ家のススキの原をなくさなければならない。
 もう一つは沢水関係の整備だ。配管のレベル測定と垂れ下がり是正をやること、取水堰周りのメンテナンス性向上もやっぱり必要だろう。
 稲の品種はコシヒカリからミルキープリンセスに換える予定だが、苗づくりに関係する特性はそう変わらないと考えている。水について言えば、川水の揚水系統は問題含みだが、今年の真夏の渇水状態をほとんど使わずに乗り切っているから、余裕があれば検討することにする。
 
 ということで、かなりの程度山の作業には時間を割くことができると思う。これには一応竹藪の整備も織り込んでいるつもり。

梅の剪定

 後先になったが、梅の剪定の勉強を始めている。というのは、先週末剪定した山の梅のほかに、屋敷の北側にも1本梅の木があり、近いうちに剪定をしようと考えているからだ。夏、ちょうど収穫した後にある程度切ったはずだが、冬になった今に来年の梅の実収穫に備えて剪定しようと考えている。山の梅は散々な状態で花芽はほとんどついていなかったが、屋敷の梅はどうだろう。写真を振り返ってみると、今年の3月初め頃にはかなり多くの花が咲いていたようだ。ただし、実際に実になったのはかなり少なかった。梅については、その生理的特徴も勉強した上で剪定する必要があると思う。
 実梅の場合、ということで書いてあったものをみたら、今年伸びた枝のうち、
    太い枝は長く残す
    細い枝は短く切り詰める
    込み合ったあたりは根元から切る
このように剪定するといいらしい。それは短い枝(短菓枝)によく実がつくというところからきている模様。次の週末は屋敷の梅の状態を写真に撮り、勉強の材料をそろえることにする。

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    今年の屋敷梅(2月末頃)

杉林を雑木林へ

 当農場の山の南西側の一角は杉林になっている。私がテスト的に一部伐採したほかは、おそらくこの10年ほど全く手が入っておらず、密植状態となっており中は薄暗い。

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周辺には国有の杉林が多く、当方の杉林もそれに倣ったものか、あるいは何らかの指導的なものがあったのかもしれないが、手入れもできていない杉林はあっても全く役には立ちそうにない。なので、このエリアを雑木林に変換していこうと思う。杉の伐採とクヌギ・コナラなどの植樹を進めていくが、何年かかるだろう。5年から10年がかりになりそうだ。

 いろいろ調べていたら、「山武に雑木林をつくる会」という方々のHPが見つかった。10年以上前からの活動内容も残っており、参考になりそうだ。ちなみに山武も杉の名産地、杉林を雑木林に変える活動ということでも近い部分があると思う。

 とりあえずは、杉の伐採から始めるのだが、その前に準備として先週末剪定した梅のあたりから杉林までの道の確保をやらなければならない。伐採した杉を適当な長さに切り、下まで持ってくる必要がある。そうなると、現在は人しか通れない防獣柵の山側出入り口を広げることも必要。ここはどうせなら杉の柱にしよう。ということで、あっという間に農閑期はなくなってしまいそうだ。

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 あと、今やっておかなければいけないのはドングリ拾いだろう。それと、実生で生えている幼い樹も集める必要がある。昨日の夜は、Youtubeからチェーンソーの使い方のビデオをDLした。すっかり山シフトだ。

山の仕事

 作業記録で書いたように、昨日の主な仕事は山関連のものだった。とりあえずの手慣らしみたいな感じで、山の梅の木の剪定とヤマツツジエリアの遊歩道設置作業を行ったわけだが、これがなかなか面白いということに気づいた。入植してすぐの2009年2月に、最初の道具として刈り払い機を購入したが、そのときに山に入り、かなりはびこっていたススキや草を刈った。実はそれ以降、山についてはあまり手を着けていなかったのである。当時はまだなにも知らなかったし、刈り払い機も初めてだったし、目の前の草を刈るという作業以外はほとんどなにも考えなかったが、約2年間それなりに農業的なものに関わってきたから、昨日はあれこれ考えながら作業を進めることができた。
 
 しかし、残念ながら基本的な知識がない。剪定作業については以前一応の予備知識として調べたことがあったから、上向きに生えた枝が要らないことくらいは知っていたが、枝同士が干渉するようなものをどちらかのみ残すという理解でやってみた。結果的に相当量の枝を払ってしまったが、数年後にはちゃんとした樹に戻って実もなることを期待しよう。
 もう一つの林の通路開拓は、結局複数の樹木の配置を考えるというものだが、これはまた樹木単位とは異なるおもしろさがある。これについても、樹木や草の組み合わせなど、かなり奥が深いと思うが、とりあえずは山の樹木の配置図などを整理してみることにした。山の通路については、現状で草のみが障害となっていて比較的整備が簡単な杉林に行く道のほかに、去年あたりは何とか通れた山の尾根道と中腹を走る道(昨日はここの一部を整備)、それと麓から縦断する道を2本程度配置することを考えている。来週にでもあらためて現状調査を行い、計画を固めることにする。

本日の作業

 朝から第2農場に出かけてダイコン・カブ・ほうれん草の状況を見るが、発芽率はあまりよくない。間引きの必要はないくらい。ほうれん草はほぼ全滅に近い。ダイコンの葉は食われているが、おそらくシカだろう。ダイコンがある程度穫れるだろう。
 11時頃から山に入る。最初、刈り払い機で杉林への入り口あたりを刈ったが、ちょうどそのあたりにある梅の木(今年はほとんど実がならなかった)の剪定を始めた。よくよくみると、あってはいけない枝がやけに多い。たとえば上に伸びている枝だ。結局そういう枝があるので枝同士が絡み合っている。どうせ実もならないし、一気に切ってみた。残っている枝より切った枝の方が多かったんじゃないかな。

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 その後は刈り払い機とノコギリでヤマツツジの山を縦断するルートの開拓を始めた。昔はきっと通れたのだろうが、ヤマツツジが育ったため通り抜け不能になったものと思われる。枝を払ったり、株ごと切ったりして通れるようにした、3分の2の20m程度だが。

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 夕方前は燻炭の始末だが、今回は失敗だった。燻炭器の煙突がボロボロになって破れてしまったことが原因。もう一本はワラを煙突にしたが、こちらの方は順調に燃えてはいたものの、時間切れ。ということで暗くなるまで待ったがまだら状態で水をかけた。来週、もう一度焼くことにする。
 

雑木林を作る

 雑木林のおさらいをしてみることにしよう。当農園の山は、竹藪・杉林・イワツツジ林・雑木林に分かれており、この中では雑木林(広葉樹の林)の面積はもっとも少ない。また、山全体が荒れている中でもこの雑木林がもっともひどく、中に入れないくらいだ。しかし、だいたい10年くらい前まで、つまり農業がちゃんと行われていた時代にはきっとメンテナンスもされていたのだろうと思う。私も、この雑木林を生き返らせたら本当に農業をやっているといえるんじゃないかと思う。

 昨日雑木林の本を読んでみたが、どれにも冬は雑木林の整備作用の時期だと書いてある。実際にやることを列記してみると、下草刈り+落ち葉かき+樹を切る+・・・・・・
できれば炭を焼いたりホダ木を作るといった広がりもある、できるかどうかは別として。どうやら、田んぼの時に作った要因図を作る必要があるようだ。

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 今日は刈り払い機を持って山に入ってみた。上が刈る前、下の写真は刈ったあとだが、とにかく向こうが見えないくらい草が茂っている。刈ってもそれほどきれいにはならないが、見通しはよくなる。今日はあまりできなかったので、明日続きをやる予定。

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本日の会所(また燻炭を作った)

 二日間で3万7千歩くらい歩いたせいか、8時頃まで寝てしまった。疲労はかけらもなくなったが、会所に到着したのは10時を過ぎてしまった。明らかにいつもとはくるまの出方が違っており、粟又の滝周辺は混雑が予測されたので、一本東の177号線を使うルートで会所に入った。その後、予定通りモミガラを取りに出かけたが、これも遅れたスタートとなった。

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 モミガラは、nakakaneさん情報通り、まだあるけれど山は大きくえぐれていた。キャリイをギリギリまでつけたが、タイヤも埋まりそうで山を崩してまとめて荷台に入れるのはあきらめ、テミで一杯ずつ載せるが、雨が降ったようで全体に湿っていた。

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 到着後、燻炭を作る田んぼの脇まで乗り入れ、一気に降ろした。先週と同様2山にしたけれど、今日は2つめの山にもワラ束をさして火をつけ、あわよくば2つ一度に作ることに挑戦した。ワラは地面においてあったものだから少し湿っていて、そのままでは燃えていかなかったため、灯油をかけてみたが今(19時)現在、まだ燃えている。このまま朝までゆっくりと燃えてくれるとありがたい。

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今冬のテーマ(雑木林)

 このあいだ、ムカゴを播きに山に入ったが、手入れを怠っていたということを色々な形で痛感した。まず、道がなくなりかけている。ススキや雑草・低木などが茂っていて歩くスペースを侵食している。名前は知らないが、とげのある草もあって足や膝をチクチクと攻めてくる。
 杉林は、前回写真を掲載したが、ちょっとは伐採したけれどまだまだ暗く、光が射さない地面に生えてる草なども少ない。ヤマツツジ(清澄ミツバツツジ)の植わっている斜面も去年よりも明らかに枝などがはびこって歩きづらくなっている。また、ヤマツツジも枯れ始めているものがめだち、密度が明らかに高すぎる状態だ。
 田んぼや畑は何とか回転し始めたので、今冬の課題は山の整備である。ただし、あまり高い目標を掲げてもできっこないので、通れる道を作ること、できれば一輪車が通れるようにすること、その程度を目指すことにしよう。この二つ目の目標は、実はちょっと大変である。崖になっているところがあったりするから、七曲がりになったりするかもしれない。
 ということで、明日はとりあえずモミガラを取りに行って燻炭を作りながら刈り払い機で草刈り、チェーンソーで樹を切ることもできればやりたいところだ。

二万歩

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 今日のお昼は友人がやっている古川橋の「麻布麺房どらいち」を訪ねた。行くときは地下鉄を利用したが、帰りは街を眺めながら歩いて帰ることにした。古川橋から麻布十番、六本木を経由して赤坂見附まで歩いたら(朝の通勤分も含め)1万4千歩だった。その上本日は、有事のための徒歩帰宅訓練ということで、赤坂見附から新橋まで歩いたのである。合計はついに2万歩を超えた、距離でいうと13キロ+αくらいだ。思いのほか楽だったが、できる限り新橋赤坂見附間くらいは歩くことにしたいと思う。

Nino Tempo & April Stevens

 最近になって気に入った(古い)曲は「Deep Purple」という曲だ。BillBoardでは1963年にランク入りしている。オールディーズの中でもっとも好きな「Bobby's Girl」は1962年だから、1年違い。当然当時聞いていても不思議はないのだが、記憶はなく半世紀近く(!)経過して初めて聞いたのだった。とくに60年代のヒット曲(POPS)はほとんど聞いたはずなんだが、漏れもあったのである。中学2年の夏休み(1962)に徳島から大阪に引っ越し、さらにその翌年(1963)に東京に引っ越したから、環境が変わってラジオからエアチェックするという継続的な習慣が途切れたのかもしれない。
 
 その曲だが、とてもほのぼのした曲である。バックビートのきいたドラムとテンポのいいベースに、どちらかというとのんびりした兄と妹の唄がからみ、まるで久しぶりに帰った田舎の家で昔の友達と過ごすような雰囲気だ。この曲だけいいのかどうかはわからないが、さっそくNino Tempo & April Stevensのアルバムを注文してみた。
 
 曲はここで聴くことができる。 RealPlayer必要

 ところで、前に書いた「東京天使/エンジェルス」のアルバムを買ってみたのだが、これは玉石混交というやつだった。「Bobby's Girl」は「噂のチューチューBOY」という曲名で収録されていて、これは youtube の動画同様この曲にピッタリの雰囲気なのだが、そのキーワードは「素人っぽい」と「自然な感じ」であり、これが通用する曲はあんまりないということなんだろう。18曲の中から3曲のみが★★★★以上(合格)だった。

本牧山頂公園西側に拡大

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 横浜市中区本牧エリアのかなりの部分は、終戦後からかなりの間米軍の接収地となっていたが、二十数年前に返還となり、その後はマイカル本牧を柱とする商業エリアとその周辺の住宅エリアとして開発されていた。また、丘の上については本牧山頂公園というかなり広い(見方によっては、横浜市は狂ったんじゃないかと思うほど立派な)公園として整備されており、付近の愛犬家のみなさんのメッカとなっていた。高台であり横浜南部沖合の海も眺めることができ、なかなかいいところである。

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 このほど、山上の西側のエリアに第2期として「本牧山頂公園ー本牧荒井の丘」がオープンした。この情報は、ここの近所にすむ仕事場の人から聞いていたのだが、なにぶん休日は大多喜に行っているため訪れる機会がなかったものだ。

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 こちらは尾根道に沿った帯状の土地で、第1期ほどの広さはないが、遊歩道が蛇行しながら敷地を縦断しており、散歩コースとしてはなかなかいいし、所々にある芝生の広場や、単なる草原もあったりする。総じてきれいに手を入れられた公園という印象である。

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 ただ、このエリアは昔の米軍用地のままかなりの期間放置されていた場所で、私は一時期所有していたトライアルバイクでこのあたりに乗り入れ、崖の上り下りなどを練習して楽しんだから、当時の野趣あふれる空き地としてのおもしろさが思い出される。これじゃあ、なんだか腕白な少年は育たないんじゃないかという危惧も覚えるのである。行儀はいいかもしれないけれど。今のところの私は、平日はサラリーマン的仕事、休日は農業的仕事でいっている暇はないが、もうちょっとすると散歩にも行けるかもしれない。

墓地探検

 横浜の家のまん前は墓地である。一番近いところに柿の木があるんだが、どうやらカラスにやられるらしく、今日見たところでは残り1個。さっそく脚立を出してきていただいたが、ご覧のように立派な柿である。まだ食べてはいないが、うまそうだ。
 
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 しかし、1個ではもの足りない。墓地に入って探して回ると、ちょっと遠いが柿が撓わに実っている樹が見つかった。

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迷路の中のような墓地の道をたどって下までいくと、人の手が届くところの実はなくなっていた。そこで、そばのお墓に(感謝しながら)のぼり、手を出すがまだ届かない。すぐそばに卒塔婆はあるが、さすがにそれを借りるわけにはいかない。落ちている樹の枝を取って、一番近い枝を引き寄せてこの柿をいただいた。あとは会所から高枝ばさみを持ってこないと穫れないようだ。渋柿だと干し柿になるんだが。

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図書館探検記

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 「農業者の休日は図書館だ」ということで、紅葉坂(横浜野毛)に出かけていった。三十数年前、当時1年ほど会社から国内留学をしていたが、その頃に一応勉強のために通ったことがあったが、それ以来である。周辺にはマンションなどが林立し、すぐしたの紅葉坂住宅は大規模集合住宅として建替中だが、図書館や隣の県立音楽堂はおそらく昔のまま残っていた。

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 例によって静かな館内に入り、利用案内片手にとりあえずそれほど多くはない公開書架を見て回る。続いてPCで検索してみると、どうやら書庫に入っている本はかなりあるようだ。また、農業を含む自然科学書は県立川崎図書館に多いらしいことも判明した。読みたいと思ったものの多くは川崎にあるとでていたからだ。
 いくつか公開書架から取り出して手に持ちながら利用手引きをみたら、返却は県立図書館2個所か、横浜駅付近にある生涯学習センターに持ち込む必要があると判明。今日は独立した祝日だから横浜にいるが、返却する1ヶ月後はそうはいかない。これならインターネットで予約して、近くの市立図書館に送ってもらう方が良さそうだと帰ることにした。

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 家に帰って、さっそく横浜市立図書館のHPで検索してみると、メモしてきた本が引っかからない。どうも県立と市立は別系統らしい。横断検索も出来ると書いてあるが、今のところはうまくいっていない。結局、19時までやっている生涯学習センターで図書館の利用登録を行い、その後インターネット検索で予約し、届いたらセンターに取りに行くという手段しかなさそうだ。ただ、このルートではCDやDVDを借りたり返したりは出来ないようである。まあ、そのくらいはあきらめよう。

オジサン探検隊

 昨日のことをもう少し書いてみよう。友人を連れて水源地にも行ってみた。ムカゴ播き以外は大した仕事もなかったので、水がわき出るところまで案内していったのである。実は、私自身もそこまで踏み込むのは2回目だった。周りを高くなった斜面に囲まれたすり鉢状の地面から湧き出る水は、意外に少ない。特定の場所というよりは、そのあたり一帯からにじみ出し、そしてうちの取水堰のほうに流れているらしい。
 
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 昨日はさらに崖を登ってみた。私も踏み入れるのは初めてだ。ちょっと平らになったところには箱ワナが置いてあった。柵は落ちているが中には何も入っていない。仕掛けた人の名前も表示していないし、どうやら使われていないようだ。大きさは中型で、シカやイノシシの成獣にはちょっと小さいかも。それに錆びていて、大きなイノシシだと壊して逃げてしまいそうだ。
 
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 そこからちょっと離れたところに土を掘り返した跡があった。使われていないらしい畑とこちら側を遮断するネットフェンスの手前、イノシシでも掘ったんだろうかと思い近づくと、直径30㎝位の穴、深さは1mにもなるだろうか、かなり深い。ああ、これは自然薯を掘った後だと気付いた。ほぼ平らなところなので穴は垂直に掘られている。これだけ深く掘るのは容易ではない。周りを調べてみると蔓とイモの上部が見つかった。蔓は意外と細かったが、葉も一枚ついていて、今後の参考になる。
 
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 あとでいろいろ調べたが、掘った穴は埋め戻すのが常識というかマナーらしい。イモの上端も埋めておけばまたイモに育つということである。私としては自然薯掘りの実態を見ることができたし、イモの上端も持ち帰ってうちの山に埋めることができたから、とてもありがたかった。しかし、ちょっとした失敗も発見した。水源地見学の前にムカゴを埋めたのは、基本的にスギ林の中だったが、自然薯は光を好むそうだから、ちょっと薄暗い林の中は適当ではなかった可能性がある。またムカゴを手に入れて再トライしてみるか。
 

本日の仕事

 今日は大昔からの友人が初めてやってきた。サトイモ掘りをやってもらおうと考えていたのだが、昨日隣のおばあちゃんが手伝ってくれたので全て終了したし、ちょっと考えて敷地内探検をかねて、山にムカゴを播いてもらうことにした。友人は藤沢産なのだが、子供の頃には山に入って自然薯を取ったこともあるという経験者だったらしく、なかなか楽しみながらやってくれた。

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    ムカゴ標識

 そんな具合だから、うちの山に去年播いたムカゴから出た葉っぱなども見つけてくれ、数年後には自然薯山にしようということで盛り上がりながら作業は進んだ。今年はカミサンの指示で竹杭に「2010年ムカゴ」と書いたものを播いた場所に刺しておくことになったので、これから毎年出来具合を確認できそうである。

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    去年播いたムカゴの葉らしい
 
 あとは、先週に続いてうちの畑に酵素類を散布した。気のせいかもしれないが、この1週間で小松菜やダイコンカブなどが育ったような気もしたので、だめ押しのつもりである。友人もきているし明るい家に早上がり。
 友人はカワサキのW650でやってきたのだが、帰る頃になったら雨が降り始めた。すぐやむだろうと出発した20分後くらいにこちらも帰路についたが、すぐやむどころか久留里の先までかなりの大雨に降られた。私自身も大昔にそんな目には何度もあったけれど、バイク乗りは大変である。

ヤマユリのタネを集めてみた

 あちこちに生えているヤマユリのタネを集めてみたところ、かなりの量になった。
 
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    左のちょっと変わったものはモロヘイヤのタネ
 
 一つ一つにはかなりの量の薄いフィルムのようなタネが相当量入っている。乾燥したら中のタネを出してみるが、どうやって育てていくかは平行して研究してみることにした。

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本日の作業

 朝のうちは雨が降っており、今日メインのサトイモ掘りを後回しにして、燻炭を袋に詰めた。モミガラ袋5袋分だから、最初のモミから4分の1くらいになった感じである。

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 雨がやんでから第2農場に出かけてサトイモ掘り、帰ってからは家の方のサトイモも掘る。今日はシロメ(石川早生か)という子イモ用の品種、出来は大したことはないんだが、株数が多いこともあって集めてみるとかなりの量となった。サトイモの根を取ったりするのは母の役目だが、なかなか大仕事である。

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デジカメがやってきた

 玄関の前で仕事をしていたら、軽のワゴン車が入ってきた。何だろうと思ってみていると中から佐川のユニフォームを着た配達員が出てきた。はて、何か買ったっけ、と考えるが該当はない。はい荷物です、と渡されたものをみたら、会員になっている中古農機具マーケットの会社。さっそくあけてみると、農家登録一万一千軒記念デジカメプレゼントキャンペーン当選のデジカメだと書いてある。そういえば、申し込みをしたことがあったかもしれない。

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 あけてみるとキャノンの現行機種(IXY10S)、広角24㎜からの5倍ズームで、コンパクトだし使えそうな感じ。今のデジカメがボロボロになっていたので、そろそろ交換時期だと考えていたからタイムリーである。今後はBLOGの写真もちょっと変わるかもしれない。しかし、当たることなんてあるんだねえ。

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再び、マツダの新エンジンについて

 今月の初めにマツダの新エンジンのことを書いたが、ECO JapanというHPに、自動車評論家の清水和夫さんがこのSKYエンジンのことを書いているのを見つけた。題して「エンジンの逆襲」である。さすがに色々な背景なども書かれており、なかなか面白く読んだが、なぜマツダがエンジンそのものの開発に特化したかということも書いてあった。当時マツダの親会社だったFORDが、自社開発のハイブリッドを適用することを前提として、マツダが開発することをやめさせたらしい。今や、FORDも大半のマツダ株を手放して3%程度の株式を持つ程度のはずだが、結果的にはいい結果になったといえるのではなかろうか。
 たとえばホンダは、F-1もやっていたし、エンジンの基礎研究については圧倒的に進んでいると思っていたけれど、圧縮比14のガソリンエンジンと、やはり圧縮比14のディーゼルエンジンにはかなわないだろう。

大多喜町役場工事中

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 今日は役場に用があり、午後休みを取って大多喜町役場を訪れた。正面から見るととくに変わりはないけれど、建物の裏側では増築工事が始まっているようだった。

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 屋内は柱のない大空間が特徴的である。1959年竣工というこの建物は知る人ぞ知る名建築といわれている。設計者が学校の大先輩ということもあり、実は私の大学時代最初の建築的な課題は、この役場の図面をトレースするというもの。そんなこともあって、ずっとちょっと気になっている。改修工事の設計競技が行われたのも当然知っていたが、元の建物をなるべく活かす提案だったようで、引き続き生き続けるようだから一安心という所である。
 私の撮った写真は「単なる記録」のようなものだが、たとえばこんなHPなど、色々な方々がこの建築を取り上げている。なかには同じように図面を描いた同窓生もいるかもしれない。
 

今日の会所

 もう霜が降りたんじゃないかと思いながらやってきたが、まだイネのひこばえやサトイモの葉などは青々としている。去年は11月の初めには降りて、サトイモの葉などもしおれていたんだが、今年はちょっと遅いようだ。

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 前にトタンで塞いでおいたイノシシの侵入個所は、まためくられており田んぼの周りなどに掘り返したあとが残っている。再度、トタンを並べて竹杭を打ち込んでおいたが、残っているサトイモは電気柵で囲っているし、もう食べるものもないんだけれど。あちこち掘り返しているところをみると、ミミズを漁っているのかもしれない。

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 ダイコンやカブ、ブロッコリーなどは比較的順調に育っている。さすがに青虫などもいなくなったようだ。田んぼのあとに播いた菜っ葉類などは育ちが悪い。今のところボカシも作っていないので、「頑張れよ」というしかない。
 燻炭はちゃんと火が消えていたようで、一応OK。明日朝は雨模様らしいので、今回はモミガラ運搬と燻炭作りは無理かもしれない。

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 椎茸が出来ていた。かなり大きなものもあるので、先週の前から出来ていたのかもしれない。

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混迷の入力マシン・昨日の場合

 一昨日、「2台持って歩くのだったら ThinkPad 1台でも同じ」と書いたけれど、昨日はそれを実践して鞄からVAIOとpomera を出してThinkPadに入れ替えて出かけた。ところが、夕方になってデスクに広げていたThinkPadを鞄にしまおうと思ったら電池がない。私の場合、会社でも自宅でもAC接続の場合には電池を外しておくのが習性になっているんだが(電池を長持ちさせるため)、昨日の場合はどうやら自宅に電池を忘れてきたらしい。朝はやっぱりぼんやりしているんだろうか。通勤電車内ではThinkPadを取り出さず、iPodで音楽を聴きながら「数独」をやっていたから、忘れたことに気づかなかったのである。
 帰りは電車内でBLOGの原稿を書くつもりだったけれど、電池がなければそれは不可能。当然のことながら pomera もない。仕方なく朝同様に数独をやろうと思ったが、何が気にくわなかったのか使い慣れたiPod Classic のゲームソフトが全て消えている。仕方なく、iPod Touch の数独で間に合わせた。帰宅後、一番古いPCを立ち上げてiPod Classic をつなぎ復元を始めたのだが、1万7千曲もあるものだからなかなか終わらない。動かしたままで眠りについたが、朝になってみると同期の途中でフリーズして5分の1くらいしか曲は入っていなかった。このPC、熱暴走するのでお払い箱にする予定なのだが、iPodメンテのためだけにまだ使用を継続している。データを移すのが面倒だという理由なんだが。昨日の夜は、アメリカ在住の家族用のデータ処理とiPodのメンテで、相当賑やかなサーバーマシンを2台もつけっぱなしだった、そろそろ問題を根本的に片付ける時期が来たようだ。

今週末の作業予定

 週明けはなんだか疲労感があったが、あんなに軽いモミガラでも軽トラ1杯分を載せたり降ろしたりして、更に山に積んで燻したりなど、とにかく量が多い一連の作業で疲れたようだ。モミガラは、取りに行って帰ってくるまでが2時間、その後燻炭の準備で1時間程度かかるから、慣れて手順を合理化しても3回/日が限度だと思う。まあ、燻炭にするスペースの制約もあるから、週1~2往復というのが無理のないところである。作った燻炭はすぐに田んぼや畑に撒くということを原則にしよう。
 サトイモは、大体半分程度掘り終わったが、直売所では比較的順調に売れているようだから、天気の具合を見ながら掘れる時は掘るという感じだ。3種類植えてあるうちのヤツガシラと赤芽(セレベス)は収穫済み、あとは親イモも茎も食用にならない青い葉のイモ(石川早生か、このあたりの人はバカと呼ぶ)が残っているが、これは親イモが食べられない代わりに子芋が多いというんだが、実際のところどうだろう。

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 先週は、杉林からヤマツツジ林に抜けてみたが、鋸片手にいろいろ切り倒して整理する必要がある。杉も適当に切り倒したまんま放置してあるが、ひどいのはヤマツツジの方で、歩けないほど密集してしまっている。少し切らないと花も咲かないし病気も広がる恐れがある。
 という具合に、急いでやる必要はないがやっておきたい仕事が並んでいる。そのほかは、先週末に第1農場に酵素を撒いたが、第2に撒くという仕事があった。これは優先で実施。サトイモ以外も、カブなどの収穫があり、状況によっては畑奉行の手伝いをすることになるだろう。

混迷の入力マシン

 日々のBLOG書きは、帰宅時の東海道線の中がメインだ。そのために夕方は、朝乗り換える新橋ではなく東京駅回りの経路を使っている。このところ最近購入した ThinkPad を使っていたけれど、案の定重いということになり、一時期はVaioType-Uを使用していた。これのキーボードは使いものにならないが、手書き入力のソフトがついており、スタイラスペンで書くとそれなりに実用になるんじゃないかと何日かトライしたが、マイナスと伸ばす棒線、それに漢字の一などがめちゃくちゃになりがち、それに小さいひらがな「おっと」の”っ”などの認識が甘いことから、再び pomera に戻りつつある。今日などは vaio と pomera を両方持ってくるという混乱状態である。それならThinkPadを一台持ってきた方がいいんじゃないかと、これを入力しながら反省しているところ。

 いっそのこと今使用しているポーターバッグからデイパックに替えてしまえば少々重くても平気じゃないかと思ったりもするが、一応都心部の会社に勤めているということから、躊躇をしてしまうのである。それでなくても色は黒いし、手はザラザラで爪の中が真っ黒だったりするから、サラリーマンというよりは職業不明な怪しいおじさんだしね。

 この間 MACの超薄型軽量の Note Air が出て、なんだこんないいものが出るんだったら早まったか、と一瞬思ったが、ThinkPadの windows 環境と性能もやっぱり捨てがたい。結局死ぬまでこんなウロウロを繰り返すのだろうと思う。いやあしかし、どこかで卒業して安楽に暮らしたいもんだ。

ヤマユリのタネ

 庭のあちこちに生えているヤマユリのタネを集めてみた。まだ青いため採取していないものもあるし、借り畑にある立派な株のタネはまだもらっていないから大幅に増える可能性もあるが、今現在でもかなりたくさん集まった。
 ヤマユリのタネは、出来たときには休眠状態に入っているらしく、これを破らなければ発芽しないそうだ。その方法は「夏」と「冬」を経験させることだというのである。夏を過ぎたら地下で発芽し、それが冬を越すとようやく地上に芽が出てくるということらしい。具体的には、
   1 30℃で6~10週間
   2 20℃で25日 6~8週間で子球形成
   3 5℃で6週間以上
   4 20℃、光のあるところで発芽
こんなプロセスが必要らしい。
 5℃くらいの低温は冷蔵庫が使えそうだ。逆に冬の間に30℃や20℃に保温する方が何かの道具や仕掛けが必要になるが、冷蔵庫の背中は年中温度が高いので、そのあたりをちょっと調べてみよう。
 このタネを使う方法では、早くて3年目の秋に花が咲くそうだが、かなりじっくりと育てる気持ちが必要である。幸い、半日陰の水はけのよいところは山の斜面など、うちにはいくらでもある。間に合うかどうかわからないが、球根や鱗片で増やす方法も研究してみたい。

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    借りている畑のヤマユリ(7月ごろ)

ガマズミの実が

 昨日自然薯探しで山に入った時に、目的のものは見つからなかったけれど、ひときわ赤が目立つ実をたくさんつけた樹があちこちにあった。あとでなんだか調べようと、とりあえずデジカメで一枚撮っておいた。

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 カミサンに見せると、「ずみ」ではないかといっていたが、インターネットで検索すると確かに「ガマズミ」というものらしい。食べてはみなかったが、甘酸っぱい味で果実酒などにも使われるそうだ。4~5月に白い花をたくさんつけるということで、写真も掲載されているHPが多いが、確かに見覚えがある。来年の春は思い出すことにしたい。
 なにしろ、木や草に関する知識(野菜も含む)は皆無だったのだから、覚えることも大変多い。
 

本日の作業

 今日は燻炭を作りながらの作業。朝は水源地に行って底さらいである。比較的最近やったばかりで春までは大丈夫と思っていたが、意外に早く底さらいが必要になった。落ち葉も多く、これからもちょっと難儀しそうな感じだ。
 午後は、第2農場に行ってソラマメを播き、ダイコン・カブ・ほうれん草などに堆肥を撒いた。そのあとは第1農場に戻って玄米アミノ酸+GS酵素を散布(上+中+下の畑=全部)。合間に山に上ってみた。自然薯を探そうと思ったのだが、どうもよくわからない。来週、借り畑の地主さんに教えてもらうことにしよう。

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 うちのモミジも紅葉し始めた。右の方に見えるのはVHFのアンテナだ。昨日届いて取り付けたら、TVはよく見えるようになった。今日弟たちがデジタル対応のTVとBSアンテナを持ってきたので、次はBSデジタルを見えるようにしよう。

燻炭作り

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 軽トラでまとめて運んできた今年は、燻炭を一度に大量に作ることにした。去年だと、1回にモミガラ5袋分を処理していたが、今回は作り始めの時でその倍くらい、最終的には4倍くらいの量を作ったことになる。昨日の場合は夕方から火をつけたため、火の盛りは夜になってからになった。隣に積んであったほぼ同量のモミガラを、勢いのありそうな所に積み増して眠りについた。今朝は5時頃に起きて様子を見に行ったところ、ほとんど真っ黒になり全体から煙が上がっていた。まだ朝早くて真っ暗だし、ホースを引っ張ってきて水をかけるのも面倒だったので、隣のモミガラをほとんど追加しておいた。

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 結局、昼頃になって完成となったが、何度水をかけても火が消えない。奥の方でくすぶっていて、時間が経つと煙が吹き出す。そんなやりとりを午後ずっとやっていた。燻炭の山があまりにも大きいため、水をかけても奥の火まで届かず、火の勢いが盛り返すらしい。夕方からやってきた弟二人に手伝ってもらい、3人がかりで何とか消し止めた。ホース水まき係+レーキで掘り返す係+ライトで照らす係である。火の消し方を考える必要がありそうだ。

自然薯をもらった

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 畑の地主さんから自然薯をもらった。先週も長い自然薯をもらったが、今週は平たいイモ。折れたヤツだよ、といわれてもらったが、ずっしりと重いくらい多い。割れていたって問題なし。
 山の方で掘った、ということだがそれ以上の詳細は不明。紅葉狩りの季節を迎えるこのあたりでは、いつもはない臨時直売所が色々なところに出来て、自然薯が並んでいる。明日はうちの山も探してみるつもりだ。

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  先週の自然薯
  気がついたときには、洗われて半分に切られていた

サトイモの収穫

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 第2農場のサトイモのうち、ヤツガシラを収穫した。第1農場より更に出来は悪いが、飢えた株数が多かったので、量としてはまあまあであった。親イモも子イモもいいサメである。夕食には「キヌカツギ」が登場。サトイモが嫌いだった私は、こういうものも今までなら食べなかったんだが、今や全くためらわずに食べてしまう。

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モミガラ輸送

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 今日はモミガラをもらいに行った。昨年とは違う場所に積んであったが、ご覧のようにかなりな量である。

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軽トラ+アタッチメントはなかなかうまく機能した。持ち帰ったモミガラの4割程度は燻炭にしている。ほぼ同量を脇に積み上げてあるので、1杯が終わったらこちらも燻炭にする予定である。

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 次回はパイプを持って行って、モミガラの山から直接流し込むという方法を試してみよう。
 

紅葉始まる

 会所のそば、養老渓谷の紅葉が始まった。ピークはまだ先の月末から12月の初め頃ではないかと思うが、紅葉し始めた樹もあちらこちらに見えている。
 
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 これは借りている畑のそばにある樹だが、かなりきれいなんだがデジカメでは伝わらないのが残念だ。
 去年もあった「もみじまつり」が元分校であるらしいが、今年は11/23の祝日に開催される予定。連休ではなく独立した祝日なので、残念ながら会所にはこれないかもしれない。
 

レシートログ

 先日カミサンが、レシートをデーターで蓄積して消費行動を予測するという研究があるらしい、といっていた。私よりは今のNEWSに明るいから、何かで眼にしたのだと思う。さらに、「私にぴったりだからやってみたら」といっていたが、なんと iPhone 用のソフトもあるらしい。
 しかしこれがあると、神のお告げのようなもので、そろそろパソコンショップで1万円くらい買わなければ、といった指示や、今日はラーメンを食べて帰るなどの予測がでてくるんだから、あまり消費の抑制には結びつかず、むしろ焚き付けるような気もする。

来年の農場:1)運営について

 大づかみにいうと、現在の耕地は田んぼ2反歩と畑2反歩である。今年を振り返ってみると、イネについては節目ごとに手をかければ何とかなるという感じだが、畑での耕作の方が時期の遅れや獣の被害などで行き届かない面が多かったという反省をしなければならない。私はもともと田んぼの係りだったが、去年の段階から既に私の担当になっていた第1農場の上の畑(200平米)と、今年から加わった第2農場(1反2畝)についても私が主担当となっている状況であり、かといって、カミサンがやっている畑の作業に余裕があるわけでもないから、どうやら色々な方法で畑仕事の生産性を上げることが必要条件らしい。まあ、農業に専念すれば問題は解決するのだが、諸般の事情から来年も仕事は続けることになりそうであり、奥の手は使えない。

 ということで、作付け予定を含む来年の作業予定(工程表)をとりあえず作ってみることにした。イネについては新しい試みも考えてはいるが、要所を押さえれば何とかなりそう。畑をどうやるかということの方が成果は大きいと考えている。特に省力化の工夫も重要なポイントだと思う。幸い、春に農業委員会に提出した作付け計画などがあるから、それをベースに考えてみよう。

新米はうまい

 稲刈りの時に手伝いかたがた様子を見に来られたカミサンの友人ご夫妻が、以前手伝い(援農)にいっていた農家から米を送ってもらったとのことで、その一部をいただき食べてみた。作り方など詳細は不明だが、これもなかなかうまい。うちのコシヒカリ、ジャッキーさんのミネアサヒ、ていおーさんがこだわって購入しているアキタコマチ、今回のひとめぼれ、いずれも甲乙つけがたいほどうまい。品種、稲の育て方、炊き方など色々な要素はあるが、新米はとにかくうまいということのようだ。こうやって本当の(100%)新米を食べると、今までの普通に売っている「新米」は、一体何だったんだろうとも思う。来年に向けて品種や作り方などを検討しているが、これが一番うまいという米を是非作ってみたいものである。

野菜を食べる

 農業を始めてから色々なことが変わったけれど、今まで食べなかった野菜を食べ始めたこと、それから出されたものは残さないということが中でも大きな変化である。今週のニューフェースは「スコ」である。これは家内の出身地・福井の郷土料理らしいが、サトイモの茎を数センチにカットし、それをから炒りして二杯酢(または三杯酢)に浸けたものである。
 私自身は、サトイモすらほとんど食べたことがなかったくらいだから、その茎など全く食べ物とは思っていなかったし、一度そういう風に思いこむと絶対に口にしなかったものだが、このごろはそういうことはなくなった。一つには、ご飯の量を減らしたことにもある。自分で作った米は特にうまいからたくさん食べたいし、収穫前に比べて若干増えてはいるが、それでも以前の水準には戻っておらず、気のせいか腹周りもすっきりしてきた。その減った分を野菜類を食べることで補っているということである。まあ、歳もとっているから、正常な変化ではないかと考えている。
 来年の目標(そんなことに目標というのも変だが)、それはレンコンだ。これはまだ苦手の中に入っているが、4号田んぼの出口側、今はサカナの越冬場所だが、ここをもう少し掘り下げて蓮を植えようと考えている。蓮の花も楽しみだが、自分で作ったレンコンならきっと食べるに違いない。

次の週末の作業

 週の半ばをすぎると、週末の仕事のことも頭に浮かんでくる。前の前には冬の間の作業を挙げてみたけれど、目の前にもやらねばならないことがたくさん横たわっている。
 一つはソラマメやエンドウ豆など、冬を越す豆類の種まきだ。近所の人たちからは、霜が降りるときに育ちすぎていると枯れるから早すぎ厳禁といわれていたが、そろそろ時期としては良さそうだ。とりあえず、第2農場のネギの跡にでも播いておき、芽が出たら植え換えをすればいいんじゃないかと考えている。
 もう一つはタマネギだ。この前、カミサンが植えておいた出来損ないのタマネギから、苗によく似た葉がたくさんでていたから、あたかも苗を植えるように植えてみたのだが、ちゃんとしたタマネギにならない可能性も大きい。タネは播いてあるが、鉛筆どころか鉛筆の芯ぐらいの太さなものだから、定植しても育つ可能性は低いと考えている。ホームセンターでちょっとまとめて苗を買い、第2農場のサツマイモの跡を耕して植えようと思う。ただ、200平米は5000本くらいだから、そこまではちょっと広げられないかもしれない。
 あとは、2号田んぼと第2農場に播いたままの、野菜類の面倒をみなければいかないだろう。あまり発芽率はよくないし、芽の出方にはばらつきがある。播いた後、大雨が何度かあったから、そのせいではないかと思っている。

本日の夕空

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 先週あたりから意識していたのだが、今頃は仕事場から見る夕日が富士山に沈む時期なのである。自分の都合も天気の具合もあり、なかなか見るタイミングがなかったが、本日は写真に収めることができた。しかし、富士山の左裾に沈むところをちょうどみたから、あとは南の方に離れていくだけになる。
 今頃は、北風が吹くと空気も澄みわたるため、夕空がきれいに見える時期となる。去年は会所にいる休日に真っ赤な空が出現し、BLOGでも紹介したことがあった。その写真は一時期BLOGの背景にも使った覚えがある。これから真冬に向けてきれいな空の日は増えると思うが、寒くなったり時間が早くなったりするから、なかなか見てしみじみとする機会はないかもしれない。仕事場は会所ではないのだが、内容から会所歳時記に入れました。写真左側の大きそうな建物は、神南のNHKです。

訂正:左側の建物は青山1丁目周辺の大型建築物。NHKは富士山の下に見えている。

冬に向けて必要な作業の整理

 どうも今年はシームレスに忙しい。前に、第二農場の仕事が加わって、週二日という制約の中では全く余裕がないのだろうと考察したが、その通りだろう。だが、いずれどこかで週二日という制約は外れるし、忙しいのは別にいやではない。それに、結構ダラダラしていた(体を使う)仕事の進め方は前とは明らかに違い、効率を重視した作業手順の組立になっているというのは自分を買いかぶりすぎだろうか。しかし、本当にそうしないと片づかない。
 そんな状況だが、シーズンオフのやるべきことを考えてみよう。去年もそんなことを考えたにも関わらず積み残しがいっぱいあったから、見通しは明るくはないんだが。

 まず第1は、北側隣接地(お隣の田んぼ跡)の草刈りだ、よその土地だけれど。侵入するイノシシ・シカ・ウサギ・タヌキなどのほとんどは、ここからである。柵の向こう側は背の丈ほどのススキの原で、縦横にケモノ道が走っている。できれば全部刈りたいが、3反歩はあるから覚悟がいる。柵から3m幅くらいはなんとしても刈りたいところだ。ただ、年季の入ったススキは刈り払い機にカネの刃をつけても一筋縄ではいかない。まあ、正月休みはこれがメインの仕事になるかな。
 その次は山の整備だ。5000平米ほどある山は、竹藪・雑木林・杉林・ヤマツツジ林といろいろだけれど、どこも手を入れたいところ。一応優先度順に並べた。
 田んぼ関係では不陸が気になるが、1と4号は冬季湛水だし、2と3号は畑にしてあるから、いずれも手を着けられない。それより、モミガラや燻炭を投入することが必要と考えている。細かい仕事では、第2農場の電気柵、同じく第2農場のハウスのビニール張りなんていうものもある。
 農から離れると、ライブカメラ設置・露天五右衛門風呂作り、ガチャポン井戸設置など、楽しそうなテーマもあるが時間ができるかどうか。そうそう、フクロウの巣箱も忘れてはいけない。今思いつくのはそのくらいだ。

ネギが比較的好調

 前に書いたことがあるが、借り畑に大量に植わっていたネギを貰い、借り畑だけでなくうちの畑にも植え替えていたのだが、私が管理する第2農場(借り畑)では、草にやられて消えかけるといった事態になり、先日歯抜けになったネギをまとめて植えなおしたりしたのだった。
 第1農場の方も、いろいろなところに植えたから、全てに面倒が行き届いているわけではないが、こちらはカミサンが見ているから立派に生育しているものも結構あり、十分とは言えないけれど毎週の直売所には出品できるようになっている。
 ネギは、虫もつかないので育てやすいのではないかと考えていたが、安易だったようだ。程度もあるだろうが草には弱く、覆われたままにしておくと消えてしまう。土寄せも必要だ。草取りと土寄せ、いい加減にやると結構しっぺ返しがくることを痛感した。
 カミサンは、日曜の朝やっているNHK教育の番組でみたとおり、基本に忠実にやったらいいネギができたといっていたが、基本は大事らしい。

サトイモのタネ、一応確保

 今年のサトイモは、3種類が混植という状態だった。タネとなる子芋の姿からは種類を推定できないので、適当に植え付けたからなのだが、今年は収穫の時に種類を確認しながら行うことにした。このため、茎も親イモも子芋もすべて食用になるヤツガシラから穫り始めた。昨日は第1農園のヤツガシラのみ掘ったのだが、親イモと直売所で当面売る子芋をどけた後の子芋を、さっそく取り除けて種イモ用に保存することにした。一応今年の植え付け分(400株)程度は確保してある。ただ、ヤツガシラだけでなくほかの種類も植える可能性もあり、暫定である。
 前にも書いたが、今年はあまり出来がよくないため、子芋も小さめであった。一応、100戸の重さはどのくらいかと測ってみたが、2.5キロ程度という結果だった.他の種類についても測ってみる予定。しかし、サトイモは親イモと子芋があったり、茎を食べられるものがあったり、茎と親イモも包丁で切り離したりしているくらいで、収穫量の把握が難しい。子芋の数も種類によってずいぶん違うらしい。

モミガラ満載時の積載重量について

 日曜日に作った仕掛けを使うと、相当量のモミガラを運べると期待しているが、一体重量はどのくらいかが気になっていた。箱の容積は、1.4m(幅)×2.0m(長さ)×0.9m(高さ)だから、大体2.5立米程度。水であれば2.5tとなるから、350Kgの積載重量を大幅に上回る。まあ、水と比べるのも極端だが。
 ということで、インターネットでモミガラの比重を調べたら、0.12という数字が出てきた。これを使えば300キロということになり、積載量オーバーにはならない。ただ、乾燥状態の数字と思われるので、雨のあとなどではかなり変化するだろうが、問題にはならないと思う。
 ところで、モミガラ袋に入れるときは15キロ/袋程度と思っていたが、そうなると20袋分ということになる。袋に詰めて満載するのと比べ、せいぜい倍程度と意外に少ない。積むときの効率を上げて往復回数を増やすようにしよう。家の方では、そのままおろして野積みということになりそうだ。

本日の作業(モミガラ運搬用箱)

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 今日の午前中は予てから考えていたモミガラ運搬用の箱(刺し板)を作った。ご覧のように荷台を箱状のケースにする仕掛けである。ちょうど1ヶ月前に大体考えてスケッチにしておいたのだが、えらく時間がかかってしまった。この中にどんどんモミガラを入れ、ブルーシートで蓋をしたあともう一本のトラックネットでおさえることにしている。構造は比較的シンプルで、3×6尺の合板を両サイドに立て、それを内側からロの字型の枠で押さえる形だ。ロの字枠にも合板を張ってある。かなりギチギチに作ったので、モミガラを入れてもバラバラにはならないと思うが、様子を見て適当な金具で止めるように改良する予定。

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    一つ前の状態、前後のロの字枠が見えている
    このあと、前の枠には3㎜、後ろは9㎜の合板を貼り付けた
 
 去年の今頃はどんどんモミガラをもらってきて、燻炭作りをやっていたはずなんだが。どうも第2農場を増やしたので、そっちの作業の分去年よりも仕事が増えているようである。
 
 午後はその第2農場に出かけて、ゴボウ掘りやショウガの収穫をやったので、モミガラは来週の仕事になった。
 

最初はこれにしよう インプレッサ(1)

 いろいろな車と付き合ったから、何からはじめるかはちょっと迷うところだ。最初に乗ったくるま、最後に乗ったくるま(まだ最後じゃないけれど)、いろいろな切り口は考えられるのだが、ずーっと振り返ってみて一番くるまとの付き合いが密だったと思える時期のものから始めようと思う。

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 一枚の写真がある。1995年というと15年前だ。40代半ばの私の隣にはスバルインプレッサWRX-RAがあるが、実はこれ仕事場に納車されたその時にセールスマンが撮った写真なのである。息子が免許を取ったのもこの頃だと思うが、19万キロくらい走ったこれの前のくるま(ユーノス・ロードスター)を息子に回し、私が乗る新しい車を買ったのである。この2日後が誕生日だがとてもうれしい誕生日プレゼントというわけだ。
 前のロードスターを買ったのは、発売になったときだから1989年、その後約6年で19万キロも走ったのはかなり多い。というのは、買ってから転勤になり電車では時間がかかるという理由で通勤に使用していたからだ。本当の理由がそんなことだったかどうかは忘れたが、こんなクルマで通勤できたのだから、古きよき時代といってもいいだろう。そういう状況だから遠慮したというわけでもないが、今度はずいぶん(見た目は)地味な車にした。大昔から欲しかったスーパーセブンにしたかったのだが、さすがにそれで通勤というわけにはいかず、無難な線を選んだのである。
 このクルマは本当にそっけないクルマだった。たとえば窓はパワーではないし、オーディオもない、エアコンも。もちろんオーディオとエアコンはつけたけれど。いわゆるスタンダード仕様なのである。ただ、ミッションとかエンジンの一部とか、走るためのメカは標準よりよいものを使っていた。RAとつくこの型は、ラリーなどの特殊車両のベースになるようなものだったのだ。馬力は当時の最大280HPには及ばない260HP、しかし比較的コンパクトで軽いセダンには十分なパワーだった。貧乏人のGTRなんていう評価もあったようだ。フルタイムの四輪駆動だったから、その気になって発進すると、圧倒的に静かにそして速く先頭に立てた。そんなことはめったにやらなかったが、とにかくこの地味で速いセダンは、今思い出してもかなり懐かしいし、実にいいくるまだったと思う。このクルマには大体10万キロくらい乗ったはずだ。
 
(2)に続く

メダカは元気なようだ

 4号の冬ごもり池のあたりにいってみたら、かなり沢山のメダカ(シロメダカもクロメダカも)が泳いでいた。田んぼが満水状態の時には見あたらなかったが、水が減ったので深いところに移動してきたものと思われる。これから寒くなるし、氷が張ったりすることもあるが、春まで何とか生き延びて欲しいものだ。
 ところで、一番深いあたりは水が濁っていて底も見えないほどだ。アオサギがしょっちゅうやってきて底を荒らしているのか、かなり沢山のドジョウがいて、ずっと底をかき回しているのか、それとも何か他の原因だろうか。

今日の会所と本日の作業

 久しぶりだったが、基本的に問題はない。ケモノが侵入した様子は見られなかった。害虫も下り坂になり、ブロッコリーに少しいるくらい。ただ、沢水はかなり少なく、1号の浅い方半分は干上がっており、4号も所々土が見えている状況。水源地に行ってみると、やはり堰から盛大に水があふれている。先日の大雨で落ち葉が詰まったのが原因だった。明日、網でも張って対策を講じることにした。

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 仕事は、まずサトイモ掘りから。

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 第1農場のサトイモの中からヤツガシラを先に掘った。この種類は芋茎をを食べられるため、霜が降りないうちに掘っておこうというのである。ヤツガシラだけだと小芋は一輪車に一杯程度、少ないが今年の状況を振り返るとやむを得ないところだ。納屋ではさっそく芋茎の皮剥きが始まった。
 
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 一通りの力仕事を午前中で終えたので、昼食後に大原に向かう。古い管理機をもらいに行くのである。nakakaneさんは不在だったが、いただいて帰宅。どんな状態だろうと帰ってからさっそく降ろしていじり始める。かからないかもしれないと覚悟していたエンジンは、あっけなく始動。これなら改造して何とか使えるんじゃないかと思う。ありがたい。

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 会所の家ではアンテナが壊れてTVが見えない状態が続いている。VHFのアンテナは、やはりどこでも売っていない。インターネット通販なら買えるが、先週は旅行に行ったし、買いそびれているのである。仕方なく音楽を流しているが。これも悪くない。考えてみれば、通勤の時など必ず聞いているわけだし。

くるまとの関わり(黎明期)

 団塊の世代の私が子供だった昭和30年代は、ー般庶民と自動車の間のへだたりはとても大きく、生活というものにくるまが入ってくることはそれほど多くはなかった。だからくるまとの接点については今でも比較的覚えている。小学校に入ったあたりのことで記憶にあるのはオート三輪である。街の商店(八百屋など)で使う車のほとんどはこれじゃなかったかと思われるが、今の自動車とはずいぶん違うものだった。感じとしてはオートバイに荷台を取り付けたようなもの、新車でもヨタヨタと走っていた。ハンドルも初期のタイプではオートバイのような1本のバーで、それが前のタイヤを操向する仕組みだったが、後期になると円形のハンドルも登場した。ドライバーはオートバイのようにまたがって乗り、助手席は折り畳みのシートを前に倒すような仕掛けで、私はそこに乗せてもらいたかったけれど、そんなエキサイティングな経験はそう多くはなかった。くるまについての原体験というとこれじゃないかと思う。この「オート三輪」も、我々の世代が何とか覚えているくらい、世の中からは忘れられつつあるようだが、どんなものかはウィキペディアででも読まれるといいだろう。今思い出してみると、車というよりは運搬車などの農機具にも近いと思える。
 小学校の3年頃からは、毎年の夏休みに父親の田舎である兵庫県に遊びに行っていたのだが、向うの親威や知合いの家には色々なくるまがあり、それが子供の頃の私にはとても印象的で、そんなことがくるまへの傾倒につながったのではないかと思われる。ー番身近かだった叔父の家には、日野ルノー、その次にはいすゞのヒルマンがあった。どちらもノックダウン車(外国のくるまを日本のメー力一が契約して生産したもの)だった。叔父は医者だったから応診などの仕事にも使ったはずだが、私は姫路の奥の田舎へのドライブが最も楽しみだった。田舎の叔母の家は自転車屋(のちに自動車屋になる)だったが、ここにも仕事用のくるまがあった。あとでいろいろ変わったと思うが、一番最初は確かダットサンのトラックだったと思う。ダットラなどと呼ばれ数多くが生産された時期の遙か前のことである、方向指示器も(アポロっていったかな)腕木のようなものが飛び出す仕掛けのものだった。あと、神戸の知り合いの家にあったくるまは、フォード・タウナスだった。今まで英国フォードかと思っていたけれど、あらためて調べてみるとドイツフォードだったようだ。この家もお医者さんで、普段はドライバーが運転していたらしいが、私が行く夏休みは東京で医学校に通っていた息子さんも帰っていて、その兄貴分の運転で乗せてもらっていた。車庫に入れるときなど、バックに入れようとした際によくギアのリンクが噛み、ボンネットを開けて直していたが、外車でもそんなことがあるんだと子供心に感じていたのを思い出す。
 もう一つ覚えているのは終戦直後頃と思われるシボレー。私の父親は役人だったが、小学校高学年のころは公用車のシボレーに乗せられていた。我々家族も乗ることがあったが、進駐軍のお下がりと思われるこれは、GMでも一番普及型のものだったはずだが、当時の国産車とは別物のすごいものだった。戦勝国なんていう認識はなかったと思うけれど、アメリカとはすごい国だったと思ったのであった。
 
 こうやって振り返ってみると、当時は一部の人たちのものだったんだなあということをあらためて感じる。私の場合、年齢の面でもまだ10年くらいは早かったけれど、ちようどそのころから10年の間に、日本は高度成長を遂げ、くるまというものも何とかー般的になったのである。私が実際に車に乗り始める前のことをまえがき的にまとめてみた。


wikipedia 「オート三輪」

今週末の農作業

 2週間ぶりなので色々心配なところがある。イノシシは入っていないか、サルはどうか、今やられると困るのは第1、第2農園ともサトイモである。サトイモはヤツガシラ・アカメ・普通のサトイモの3種類。正確な名前はちょっとわからない。このうち、ヤツガシラについては茎も食用となるが、初霜が降りていたら枯れてしまうので採取不能となる。さてどうだろうか。
 行ってからの作業で主になるのは、このサトイモの収穫だ。ただ、ヤツガシラとアカメは親イモも食用になるので、バラバラに植えた畑から区別して穫る必要がある。ことしは区別ができなかったから、バラバラになってしまった。来年の植え付けの時にちゃんと種別を確認したい。できれば、茎も親イモも食べられるヤツガシラを多くしたいところだ。
 畑以外では、nakakaneさんが古い管理機(小型耕運機)を手配してくれたので、それをもらいに行く予定。状態は不明だが、できればエンジンを生き返らせて田植えの時にイネを入れる穴をあける機械に改造したいと考えている。
 あとは、大根や菜っ葉類の間引きが必要ではないかと考えている。まあ、のんびりやるけれど。時間があれば、もみ殻をもらいに行って燻炭作りなどもやっておきたいところだ。

くるまのことを振り返ってみる

 自動車というもの、これまでの中で最ものめリ込んだ趣味といってもよいだろう。比較的最近まで続いていたし、最後(終点)はバ一キンだがセブンに乗っていたから、ちよっと会っていなかった知人に会うと、今何に乗っているんですかと聞かれることが多い。ヤンマーとスズキキャリイだよと言うと、大体不思議そうな顔をして慌てて話題を変更したりといった反応が還ってくるが、事実なので仕方ない。ただ、スズキはともかく、キャリイというブランドは全く一般的ではないので、最近は軽トラという表現に変えてみている。
そんなものだから、BLOG以前に開いていたHP(現在は閉鎖)に「くるまたちの四季」という副題をつけて、それまで乗ってきたくるまのことを書いたことがあった。電子データも探せばあると思うが、くるまとはちよっと距離のある今、再びゼロベースで書き直してみるのも面白いに違いない。まあ、自己満足だが。

ということで、不定期にはなるが、農閑期のあいだに暇をみて書いてみよう。
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